・・・其顔色を和らげ其口調を緩かにし、要は唯条理を明にして丁寧反覆、思う所を述ぶるに在るのみ。即ち女子の品位を維持するの道にして、大丈夫も之に接して遜る所なきを得ず。世間に所謂女学生徒などが、自から浅学寡聞を忘れて、差出がましく口を開いて人に笑わ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・浪越さじとの誓文も悉皆鼻の端の嘘言一時の戯ならんとせんに、末に至って外に仔細もなけれども、只親仁の不承知より手に手を執って淵川に身を沈むるという段に至り、是ではどうやら洒落に命を棄て見る如く聞えて話の条理わからぬ類は、是れ所謂意の発達論理に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・初より条理以外に成立して居る恋は今更条理を考えて既往を悔む事はないはずだ。ある時はいとしい恋人の側で神鳴の夜の物語して居る処を夢見て居る。ある時は天を焦す焔の中に無数の悪魔が群りて我家を焼いて居る処を夢見て居る。ある時は万感一時に胸に塞がっ・・・ 正岡子規 「恋」
・・・蕪村集中にその例を求むれば鶯の鳴くや小き口あけてあぢきなや椿落ち埋む庭たつみ痩臑の毛に微風あり衣がへ月に対す君に投網の水煙夏川をこす嬉しさよ手に草履鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門夕風や水青鷺の脛を打つ点滴・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ぼかげで置いで来おみちは急いで草履をつっかけて出たけれども間もなく戻って来た。(脚(若いがら律儀嘉吉はまたゆっくりくつろいでうすぐろいてんを砕いて醤油につけて食った。 おみちは娘のような顔いろでまだぼんやりしたように座っていた。それは嘉・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・人類愛という声がやかましく叫ばれるときほど、飢えや寒さや人情の刻薄がひどく、階級の対立は鋭く、非条理は横行します。 わたしは、愛を愛します。ですから、このドロドロのなかに溺れている人間の愛をすくい出したいと思います。 どうしたら、そ・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・ 戦争中の日本政府のとりしまりは法外に苛酷非条理であったから、ツルゲネフやマクシム・ゴーリキイについて書かれた文章は、これまで、どっさり伏字があった。それらの伏字はこんどすっかり埋められた。その点から云えば、これらの文章も今度はじめて本・・・ 宮本百合子 「あとがき(『作家と作品』)」
・・・人間の生活が現在にあるよりももっと条理にかなった運営の方法をもち、互に理解しあえる智慧とその発露を可能にする社会の方がより人間らしく幸福だという判断、あこがれに、何の邪悪な要素があるだろう。よりひろやかで、充実した人間性を求めるということの・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・愛する日本が、また再び作家にかたことを云わせるような非条理な強権に決して屈することのないように。言論の自由ということは、どんなに人間の社会生活にとって基本的に主張されなければならない重大な権利であるかということについて忘れないために。 ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・結婚にからむ親たちとの相剋も非条理に思えた。二十歳の女の人生をその習慣や偏見のために封鎖しがちな中流的環境から脱出するつもりで行った結婚から、伸子は再度の脱出をしなければならなかった。世間のしきたりから云えば十分にわがままに暮しているはずの・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
出典:青空文庫