・・・蝋燭を売るばあさんがじろじろと私を見る。堂のまん中へ立って高い色ガラスの窓から照らす日光を仰いで見るのはやはりよい心持ちがします。午後でしたからお勤めはありません。しかし時々オルガンの低いうなりが響いたり消えたりしていました。右側の回廊の柱・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・往来の人がじろじろ見て通るからしかたなしに歩き出す。半町ばかりぶらぶら歩いて振り返ってもまだ出て来ぬから、また引っ返してもと来たとおり台所の横から縁側へまわってのぞいて見ると、妻が年がいもなく泣き伏しているのを美代がなだめている。あんまりだ・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・むやみに巾着切りのようにこせこせしたり物珍らしそうにじろじろ人の顔なんどを見るのは下品となっている。ことに婦人なぞは後ろをふりかえって見るのも品が悪いとなっている。指で人をさすなんかは失礼の骨頂だ。習慣がこうであるのにさすが倫敦は世界の勧工・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 火鉢の縁に臂をもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造のお熊が煙管を杖にしてじろじろと見ている。 行燈は前の障子が開けてあり、丁字を結んで油煙が黒く発ッている。蓋を開けた硯箱の傍には、端を引き裂いた半切が転がり、手・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ふくろうはじろじろ室の中を見まわしながら、 「たった六日だったな。ホッホ たった六日だったな。ホッホ」 とあざ笑って、肩をゆすぶって大股に出て行きました。 それにホモイの目は、もうさっきの玉のように白く濁ってしまって、まっ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ヘルマン大佐はまっすぐに立って腕を組んでじろじろあたりをめぐっているものを見ているねえ、そして僕たちの眼の色で卑怯だったものをすぐ見わけるんだ。そして『こら、その赤毛、入れ。』と斯う云うんだ。そう云われたらもうおしまいだ極渦の中へはいっ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田さんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 彼女は寝台の端に腰をかけ、憤ったような揶揄うような眼付で、意地わるくじろじろ良人の顔を視た。「仰云る気がないのに、言葉が勝手にとび出したの?」「いつもいつも思っていたことが、はずみでつい出て仕舞ったのさ。僕は全く辛棒していたん・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・傍で、じろじろ息子を見守りながら、ツメオも茶をよばれた。 これは雨が何しろ樋をはずれてバシャバシャ落ちる程の降りの日のことだが、それ程でなく、天気が大分怪しい、或は、時々思い出したような雨がかかると云うような日、一太と母親とにはまた別な・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 私の見なれない着物の着振り、歩きつきに子供等は余程変な気持になったと見えて、誰一人口を利くものがなくて、只じろじろと私ばかりを見て居る。 それをわきで見ながら婆さんは、「ひよろしがって居ますんだ。と云う。 私は・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫