・・・極めて貴族的な純白のコリーが、独特にすらりと長い顔、その胴つき、しなやかな前脚の線をいっぱいにふみかけ、大きい塵芥箱のふたをひっくりかえして、その中を漁っているのであった。人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たよ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・よく成ろうとする無数の力、発展しようとする発芽の希願は、厚い塵芥の堆積の下で、恐るべき長時間を過さなければならないのでございます。 私は明かに私共の仲間である多くの若き女性が、少くとも次の時代に於て、何等か有形の発展を遂げ得る動機を各自・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・本と一緒にいる時だけゴーリキイがそこから逃げ出したいと思いつづけている製図師一家のだらけて、悪意がぶつかり合っている環境が遠のいた。塵芥捨場となっている穢い窪地。青いどろどろの水溜り。サーシャの呪や、番頭の盗みや、忘られぬ靴屋の主人の褐色の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・遙かな東京の渾沌、燼灰、死のうとする人々の呻きの間から、私は、何か巨大な不可抗の力を持ったものが犇々と自分に迫って来るように感じた。その気持を、ぐっと堪えながら、自分のすべきことは忘れまいとするのは、努力であった。 午後から良人は福井市・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の物が塵芥のごとく卑しくなっていたのであろう。 お佐代さんは何を望んだか。世間の賢い人は夫の栄達を望んだのだと言ってしまうだろう。これを書くわたくしもそれを否定することは・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫