・・・警察の事に明るい人は誰も知っているだろうが、毎晩市の仮拘留場の前に緑色に塗った馬車が来て、巡査等が一日勉強して拾い集めた人間どもを載せて、拘留場へ連れて行く。ちょうどこれと同じように墓地へも毎晩緑色に塗った車が来て、自殺したやくざものどもを・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこのルーレットが、どの人間の中にも一つずつあるという鵜飼い――およそ誰でも、自分が鵜であるか、鵜の首を握っている漁夫である・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・そうでございましょう。人間というものは夜は変になりますのね。誰も誰も持っている秘密が、闇の中で太って来て、恐ろしい姿になりますかと思われますね。ほんにこわいこと。でも、明りはまぶしゅうございますわ。」 フィンクはこう思った。己の腹の中で・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・しかしそのために私はある時の間冷たい人間になっています。 実際私たちのような仕事を選んだ者は、ある一つの輝いた瞬間を捕えるために、果実のないむだな永い時間を費やすことがあります。そういう時に人が、そんなにノラクラしているくらいなら、と思・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫