・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・形式並に仁義の問題にかかっている。文学の本質の問題ではない。どうせ老仙国へ旅行するなら、幸田露伴のように飄々として居ればよい。横山大観、梅原龍三郎、やっぱり細川護立侯の顔を立てるとか立てぬとか。由来、日本の芸道の精髄は気稟にあった。気魄とい・・・ 宮本百合子 「雨の小やみ」
・・・ 彼女は、丁寧に辞宜をした。「有難うございます」 そして、下げた頭をそのまま後じさりに扉をしめ、がちゃりと把手を元に戻して立ち去った。 部屋は再び静になった。 彼は始めてのうのうとした心持になった。「ああああ、さてこれで・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・演劇の世界が封建的なしきたりからぬけ切っていないことは土方与志さんのような世界を歩いて来た演出家でさえ、日本の今日の芝居の社会で口をきくときは東宝さん、何々さん、と昔風な仁義の口調をつかっておられるのを見てもわかる。文学の分野はすこし前進し・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
・・・当時、春廼やは「彼の曲亭の傑作なりける八犬伝中の八士の如きは、仁義八行の化物にて決して人間とは云ひ難かり」とし、小説というものは「老若男女善悪正邪の心のうちの内幕をば洩す所なく描き出して周密精到、人情をば灼然として見えしむる」ものでなければ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫