・・・個性が完成せらるる度の強ければ強いほどそれは特殊の色彩を強めるのであるけれども、同時にまた人性の進化に参与する所も深くなる。特殊の極限はやがて普通となるのである。 個性の完成、自己の実現はいたずらに我に執する所に行われるものではない。偉・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・うんざりしながら鄙びた小さな停車場をながめていると、突然陽気な人声が聞こえて四、五人の男女が電車へ飛び込んで来た。よほど馳けて来たらしく息を切らしている人もある。ふと見るとその一人が寺田先生であった。 自分にはこの時一種の驚きが感じられ・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
・・・この悲境にあって詩人は深厳なる人世の批評をなしつつ断乎として悪を斥けた、黄金と虚栄とを怒罵の下に葬った。吾人はこの自信と信念とを渇仰する。 吾人の生活にかくのごとき信念を与うる者は芸術である。芸術は吾人を瑣細なる世事より救いて無我の境に・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫