・・・そうしているうちには、もともと人生と人間とを知ること浅く、無理な、過大な要求を相手にしているための不満なのだから、相方が思い直して、もっと無理のない、現実に根のある、しんみりした、健実な夫婦生活を立てていこうとするようになる。今さら・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ある時代には人性のある点は却って閑却され、それがさらに後にいたって、復活してくることは珍しくない。そしてその復活は元のままのくりかえしではなく必ず新しく止揚されて、現段階に再登場しているのだ。その二千五百年間の人間の倫理思想の発展と推移とを・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 現代では、日本の新しい女性は科学と芸術とには目を開いたけれども、宗教というものは古臭いものとして捨ててかえりみなかったが、最近になって、またこの人性の至宝ともいうべき宗教を、泥土のなかから拾いあげて、ふたたび見なおし、磨き上げようとす・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・彼等は、その時代の人間のため、生活のため、人生のために奮然としてペンをとっていたのである。彼等の思想や、立場には勿論同感しないが、彼等のペンをとる態度は、僕は、どこまでも、手本として学びたいと心がけている。 愛読した本と、作家は、まだほ・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ 丘の下でどっか人声がするようだった。三十すぎの婦人の声だ。それに一人は日本人らしい。何を云っているのかな。彼はちょいと立止まった。なんでも声が、ガーリヤの母親に似ているような気がした。が、声は、もうぷっつり聞えなかった。すると、まもな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 隣家を外から伺うと、人声一つせず、ひっそりと静まりかえっていた。たゞ、鶏がコツ/\餌を拾っているばかりだ。すべてがいつもと変っていなかった。でも彼は、反物が気にかゝって落ちつけなかった。 彼は家のぐるりを一周して納屋へ這入って見た・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・そして、四五人の人声が伝って来た。「誰れだい、たったこれっぽちしか入れてねえんは。」市三が、さきに押して来てあった鉱車を指さして、役員の阿見が、まつ毛の濃い奥目で、そこら中を睨めまわしていた。「いくら少ないとてケージは、やっぱし一ツ分占・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・そうするといずくからともなく人声が聞えるようなので、もとより人も通わぬこんなところで人声を聞こうとも思いがけなかった源三は、一度は愕然として驚いたが耳を澄まして聞いていると、上の方からだんだんと近づいて来るその話声は、復び思いがけ無くもたし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・が、不埒千万、人生五十年過ぎてもまだ滞納とは怪しからぬものだ。 この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出して・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・もしまた人生に、社会的価値とも名づけるべきものがあるとすれば、それは、長寿にあるのではなくて、その人格と事業とか、四囲および後代におよぼす感化・影響のいかんにあると信じていた。今もかく信じている。 天寿はとてもまっとうすることができぬ。・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫