・・・ しばらく同じ処に影を練って、浮いつ沈みつしていたが、やがて、すいすい、横泳ぎで、しかし用心深そうな態度で、蘆の根づたいに大廻りに、ひらひらと引き返す。 穂は白く、葉の中に暗くなって、黄昏の色は、うらがれかかった草の葉末に敷き詰めた・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・露が光るように、針の尖を伝って、薄い胸から紅い糸が揺れて染まって、また縢って、銀の糸がきらきらと、何枚か、幾つの蜻蛉が、すいすいと浮いて写る。――(私が傍って、鼻ひしゃげのその頃の工女が、茄子の古漬のような口を開けて、老い年で話すんです。そ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ ある日、太郎は、野原へいってみますと、雪の消えた跡に、土筆がすいすいと幾本となく頭をのばしていました。それを見ましたとき、太郎は、いつか雪の夜に、赤いろうそくの点っていた、不思議な、気味のわるい景色を思い出したのであります。・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・しかも涼しい風のすいすい流れる海上に、片苫を切った舟なんぞ、遠くから見ると余所目から見ても如何にも涼しいものです。青い空の中へ浮上ったように広と潮が張っているその上に、風のつき抜ける日蔭のある一葉の舟が、天から落ちた大鳥の一枚の羽のようにふ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「くるみはみどりのきんいろ、な、 風にふかれて すいすいすい、 くるみはみどりの天狗のおうぎ、 風にふかれて ばらんばらんばらん、 くるみはみどりのきんいろ、な、 風にふかれて さんさんさん。」「いいテノー・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫