・・・』と、嬉しいともつかず、恐しいともつかず、ただぶるぶる胴震いをしながら、川魚の荷をそこへ置くなり、ぬき足にそっと忍び寄ると、采女柳につかまって、透かすように、池を窺いました。するとそのほの明い水の底に、黒金の鎖を巻いたような何とも知れない怪・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・これには恵印も当惑して、嚇すやら、賺すやら、いろいろ手を尽して桜井へ帰って貰おうと致しましたが、叔母は、『わしもこの年じゃで、竜王の御姿をたった一目拝みさえすれば、もう往生しても本望じゃ。』と、剛情にも腰を据えて、甥の申す事などには耳を借そ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ と独りでいったが、檐の下なる戸外を透かすと、薄黒いのが立っている。「何だねえ、人をだましてさ、まだ、そこに居るのかい、此奴、」 と小児に打たせたそうに、つかつかと寄ったが、ぎょっとして退った。 檐下の黒いものは、身の丈三之・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 早や廊下にも烟が入って、暗い中から火の空を透かすと、学校の蒼い門が、真紫に物凄い。 この日の大火は、物見の松と差向う、市の高台の野にあった、本願寺末寺の巨刹の本堂床下から炎を上げた怪し火で、ただ三時が間に市の約全部を焼払った。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 小さな鶏卵の、軽く角を取って扁めて、薄漆を掛けたような、艶やかな堅い実である。 すかすと、きめに、うすもみじの影が映る。 私はいつまでも持っている。 手箪笥の抽斗深く、時々思出して手に据えると、殻の裡で、優しい音がする・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 土間はたちまち春になり、花の蕾の一輪を、朧夜にすかすごとく、お町の唇をビイルで撓めて、飲むほどに、蓮池のむかしを訪う身には本懐とも言えるであろう。根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根が柵の内外、浄土の逆茂木。勿体ないが、五百羅漢の御腕・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・そして、明るい方を向いて、針の小さな孔をすかすようにして、糸の先をいれようとしましたが、やはりうまくいきませんでした。「義雄さん。」と、お母さんはたまりかねて、隣のへやで、勉強をしていた義雄さんをお呼びになりました。「なんですか、お・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ 髪がのびると特別じゝむさく見える柴田が、弟をすかすように、市三の肩に手を持って来た。「あン畜生、一つ斜坑にでも叩きこんでやるか!」十番坑の入口の暗いところから、たび/\の憤怒を押えつけて来たらしい声がした。「そうだ、そうだ、や・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・慶次郎は時々向うをすかすように見て「大丈夫だよ。もうすぐだよ。」と云うのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれていて上手でした。 ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしに出っ会わしました。そこはたしか・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・ 私は萱の間からすかすようにして私どもの来た方を見ました。向うから二人の役人が大急ぎで路をやって来るのです。それも何だかみちから外れて私どもの林へやって来るらしいのです。さあ、私どもはもう息もつまるように思いました。ずんずん近づいて来た・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
出典:青空文庫