・・・いつなりけん、途すがら立寄りて尋ねし時は、東家の媼、機織りつつ納戸の障子より、西家の子、犬張子を弄びながら、日向の縁より、人懐しげに瞻りぬ。 甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端の芝生の一面に白くほの見ゆるに、幾条の蛇の這えるがごとき人の踏みしだきたる痕を印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影の射せること、その門前なる二柱のガス燈の昨夜よりも少し・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・ と繰返し云って、袖にすがられた時に、無口なお松は自分を抱きしめて、暫くは顔を上げ得なかったそうである。それからお松は五ツにもなった自分を一日おぶって歩いて、何から何まで出来るだけの世話をすると、其頃もう随分ないたずら盛りな自分が、じい・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・そして家へ帰る路すがら、自分もいつかお父さんや、お母さんに別れなければならぬ日があるのであろうと思いました。四 あいかわらず、その後も、町の方からは聞き慣れたよい音色が聞こえてきました。乳色の天の川が、ほのぼのと夢のように空・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・それで、途すがらも海ほおずきのことを、頭の中で考えながら歩いてきました。 彼女は、あのたんぼにできる真紅なほおずきよりは、どんなに、この、海にある珍しいほおずきを、ほしいと思ったかしれませんでした。「お母さん、海ほおずきを買ってきて・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・もう、このくらい大きくなれば、太陽にすがらなくともいい、青木が冬の間我慢をしていたように、私も我慢のできないことはないと思いました。「青木の木さん、あなたはどんな花をお咲きなのですか。」と、草は、黙っている青木の木に問いました。しかし、・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・ たま/\、学校へ出られる途すがら立寄られた横山博士に、何か、ありを退治する良い薬はないものですかとたずねたのです。博士は、敬虔な生物学者に共通の博愛心から、「かわいそうにな、ありは、勤勉な虫だが、どういうものか、みんなにきらわれる・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ きゅうにドカドカと騒がしい音がして、二人の支那人が支那服を着た田川を両方から助け肩にすがらしてはいってきた。「大人、露西亜人にやられただ」 支那人の呉清輝は、部屋の入口の天鵞絨のカーテンのかげから罪を犯した常習犯のように下卑た・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・の勢いを示している、何かそこに大きな理由が無くてはかなわぬ、その理由は何だ、とたずねますと、女房はにこにこ笑いまして、実は、と言い、男性衰微時代が百年前からはじまっている事、これからはすべて女性の力にすがらなければ世の中が自滅するだろうとい・・・ 太宰治 「女神」
・・・と言ったというが、芭蕉の数奇をきわめた体験と誠をせめる忠実な求道心と物にすがらずして取り入れる余裕ある自由の心とはまさしくこの三つのものを具備した点で心敬の理想を如実に実現したものである。世情を究め物情に徹せずしていたずらに十七字をもてあそ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
出典:青空文庫