・・・と唖々子はわたしに導かれて、電車通の鰻屋宮川へ行く途すがらわたしに問いかけた。「いや、あの小説は駄目だ。文学なんぞやる今の新しい女はとても僕には描けない。何だか作りものみたような気がして、どうも人物が活躍しない。」 宮川の二階へ上っ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・わたくし達は白鬚神社のほとりに車を棄て歩んで園の門に抵るまでの途すがら、胸中窃に廃園は唯その有るがままの廃園として之をながめたい。そして聊たりとも荒涼寂寞の思を味い得たならば望外の幸であろうとなした。 予め期するところは既に斯くの如くで・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ あんな事さえして置かなければ、何も、こうまどわずに有り体に云ってすがられるものをと、下らない事に、先の気を悪くする様な事をした娘が小憎らしかった。あっちこっち烏路ついた最後は、やっぱり川窪をたのむより仕方のない事になった。 娘に相・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫