・・・世に人にたすけのない時、源氏も平家も、取縋るのは神仏である。 世間は、春風に大きく暖く吹かるる中を、一人陰になって霜げながら、貧しい場末の町端から、山裾の浅い谿に、小流の畝々と、次第高に、何ヶ寺も皆日蓮宗の寺が続いて、天満宮、清正公、弁・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・草には露、目には涙、縋る土にもしとしとと、もみじを映す糸のような紅の清水が流れた。「関ちゃん――関ちゃんや――」澄み透った空もやや翳る。……もの案じに声も曇るよ、と思うと、その人は、たけだちよく、高尚に、すらりと立った。――この時、日月を外・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ とその男が圧えて、低い声で縋るように言った。「済みませんがね、もし、私持合せがございません。ええ、新しいお蝋燭は御遠慮を申上げます。ええ。」「はあ。」と云う、和尚が声の幅を押被せるばかり。鼻も大きければ、口も大きい、額の黒子も・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 小県が追縋る隙もなかった。 衝と行く、お誓が、心せいたか、樹と樹の幹にちょっと支えられたようだったが、そのまま両手で裂くように、水に襟を開いた。玉なめらかに、きめ細かに、白妙なる、乳首の深秘は、幽に雪間の菫を装い、牡丹冷やかにくず・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・とあとから仔雀がふわりと縋る。これで、羽を馴らすらしい。また一組は、おなじく餌を含んで、親雀が、狭い庭を、手水鉢の高さぐらいに舞上ると、その胸のあたりへ附着くように仔雀が飛上る。尾を地へ着けないで、舞いつつ、飛びつつ、庭中を翔廻りなどもする・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 今は疑うべき心も失せて、御坊様、と呼びつつ、紫玉が暗中を透して、声する方に、縋るように寄ると思うと、「燈を消せ。」 と、蕭びたが力ある声して言った。「提灯を……」「は、」と、返事と息を、はッはッとはずませながら、一度消・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ と、手をふるはずみに、鳴子縄に、くいつくばかり、ひしと縋ると、刈田の鳴子が、山に響いてからからから、からからからから。「あはははははは。おほほほほほ。」 勃然とした体で、島田の上で、握拳の両手を、一度打擲をするごとくふって見せ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の目に月を仰ぎながら徐にベンチを一周す。お蔦さきに腰を落し、立てる早瀬の袂を控う。お蔦 あきらめられない、もう一度、泣いてお膝に縋っても、是非もしようもないのでし・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ とばかり、取縋るように申しました。小宮山は、亭主といい、女中の深切、お雪の風采、それやこれや胸一杯になりまして、思わずほろりと致しましたが、さりげのう、ただ頷いていたのでありました。「そらお雪、どうせこうなりゃ御厄介だ。お時儀も御・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 私は言われるままに、土のついた日和下駄を片手に下げながら、グラグラする猿階子を縋るようにして登った。二 二階は六畳敷ばかりの二間で、仕切を取払った真中の柱に、油壷のブリキでできた五分心のランプが一つ、火屋の燻ったままぼ・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫