・・・何か、すっきりしたいい言葉が無いものかなあ、と思案に暮れるのだが、何も無い。私は、やはり、ぼんやり間抜顔である。きっと私を、いま少し出世させてやろうと思って、私の様子を見に来てくれたのにちがいないと、その来客の厚志が、よくわかっているだけに・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ ははあ水の底だな、とわかると、やたらむしょうにすっきりした。さっぱりした。 ふと、両脚をのばしたら、すすと前へ音もなく進んだ。鼻がしらがあやうく岸の岩角へぶっつかろうとした。 大蛇! 大蛇になってしまったのだと思った。うれ・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・うんと重い病気になって、汗を滝のように流して細く痩せたら、私も、すっきり清浄になれるかも知れない。生きている限りは、とてものがれられないことなのだろうか。しっかりした宗教の意味もわかりかけて来たような気がする。 バスから降りると、少しほ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・羽左衛門と梅幸の襲名披露で、こんどの羽左衛門は、前の羽左衛門よりも、もっと男振りがよくって、すっきりして、可愛くって、そうして、声がよくって、芸もまるで前の羽左衛門とは較べものにならないくらいうまいんですって。」「そうだってね。僕は白状・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・素手の力で勝たないことには、おのれの心がすっきりしない。まずこぶしの作りかたから研究した。親指をこぶしの外へ出して置くと親指をくじかれるおそれがある。次郎兵衛はいろいろと研究したあげく、こぶしの中に親指をかくしてほかの四本の指の第一関節の背・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・には、少しもわざとらしさのない、すっきりとして気のきいた妙味がある。これは俳諧の場合と同様、ほとんど説明のできない種類の味である。たとえばアンナが窓から町をへだてた向こう側のジャンの窓をながめている。細めにあいた戸のすきから女の手が出る。ア・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ すっきりとした初夏の服装で、大きめのハンド・バッグを左腕にかけ、婦人兵士の最後の列の閲兵を終ろうとしている王女エリザベスの目の下に、一人の婦人兵士が直立不動で立っていたその地点から足をはなさないまま、失神して仰向けに倒れている。白手袋・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 同じ、馳落を書かれても露伴先生のは、どっかすっきりした禅めいたところがある。 対髑髏 にしても若しあれを紅葉山人が書かれたものとしたら、そう云う題もつけなさらなかったろうし、又あの女主人公のお妙を「隣の女」のお小夜の様な凄い腕の女・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・ 彼のものを読むと、なにしろすっきりしていると思わずにはいられない。手入れの行届いたモーニングを着て、細身のケーンを持ちながら、日影のちらつく歩道の樹蔭を静かに行くのが彼の作品の後姿である。 去年の夏頃米国に来遊して間もなく“S・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・所謂文学的な辞句の努力や文学的感情と云われているものやへの人為的な屈折なしに、すっきりとした高い人間らしい美を示している。科学者の文筆活動の示し得る望ましい美は、こういう統一の姿においてではなかろうか。今日の科学の可能と明日の科学のために未・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
出典:青空文庫