・・・ 銀と紺青といかにもすっきりした取合わせの下に黄金色に輝いて微笑むぶなの木の群がつづいて居る。 山々の銀と紺青が笑むと、ぶなの黄金色は快く笑いかえしてその間の桜のうす紅の花は恥かしがって顔を赤らめる。 いかにも厳ながらやさしい尊・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・ 二 春桃は、徳勝門の城壁に沿った廂房に暮している三十歳ばかりの、すっきりとした清潔ずきの屑買い女である。崩れのこった二間の廂房の外には、黄瓜の棚と小さい玉蜀黍畑とがあり、窓下には香り高い晩香玉が咲いている・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・気のあった若い人とだまって居ながら同じ事を考えながらあの道をスベッて行きたい、心の底に小さい又すてがたい詩の湧いて居る気持で―― 唐人まげに濃化粧の町娘にも会うだろうし、すっきりしたなりの女にも会うだろうし―― 銀座の夜の町に私が行・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・細雨を傘によけて大観門外に立って見ると、海路平安と銘あるそのすっきりした慈航燈を前景とし、右によって市中の教会の尖塔がひとり雨空に聳えて居る。濡れた屋根屋根、それを越すと、煙った湾内の風光が一眸におさめられる。佇んでこれ等の遠望を恣にして居・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・左手に、高くすっきり櫓形に石をたたみ上げた慈海燈を前景とし、雨空の下にぼんやり遠く教会堂の尖塔が望まれる。櫛比した人家の屋根の波を踰え、鈍く光りつつ横わっている港の展望、福済寺は、長崎港の一番奥、東北よりの丘陵の上に位している。埋立地もなか・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 一つの国で、紙の色が段々すっきりしなくなって来て紙質も低下して来たような時期に、どんな内容の本を出して来ているかということが、殆ど例外なくその国の進展の十年二十年さきを予言しているように思われるのが、世界の歴史の実情である。紙のわ・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・「わたしが、本当にすっきりしたのは、あなたの公判をずうっと一緒にやって行って、それが終ったときだっと思います。――手紙にも書いたわねえ」「うん」「前から、いつも云っていたでしょう? 自分という船の自分のコースがしっかり出来たら、・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 京の女は砂糖づけかあめのようで、東の女達はさんしょの様なすっきりとしたピンとしたところが有る、とは昔からきまった相場であるけれ共、この頃は江戸っ子と椋鳥とごっちゃになって九州のはての人と北海道の人とごっちゃになってしまったので東京・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・梶は訊いていて、この栖方の最後の話はたとい作り話としても、すっきり抜けあがった佳作だと思った。「鳥飛んで鳥に似たり、という詩が道元にあるが、君の話も道元に似てますね。」 梶は安心した気持でそんな冗談を云ったりした。西日の射しこみ始め・・・ 横光利一 「微笑」
・・・黄茸は純粋ですっきりしている。が、白茸になると純粋な上にさらに豊かさがあって、ゆったりとした感じを与える。しめじ茸に至れば清純な上に一味の神秘感を湛えているように見える。子供心にもこういうふうな感じの区別が実際あったのである。特にこれらの茸・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫