・・・あの人は私に折檻されながら、酒をのんでるわけでもないのに、いつの間にかすやすやと眠ってしまった。ほんとうにそう言う人なのだ。それを私は言いたいのです。結果があとさきになったけれど、誰だってそんな風に眠ってしまうあの人を見れば、折檻したくなる・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・吉田はいくら一日の看護に疲れても寝るときが来ればいつでもすやすやと寝ていく母親がいかにも楽しそうにもまた薄情にも見え、しかし結局これが己の今やらなければならないことなんだと思い諦めてまたその努力を続けてゆくほかなかった。 そんなある晩の・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 妻のお政はすやすやと寝入り、その傍に二歳になる助がその顔を小枕に押着けて愛らしい手を母の腮の下に遠慮なく突込んでいる。お政の顔色の悪さ。さなきだに蒼ざめて血色悪しき顔の夜目には死人かと怪しまれるばかり。剰え髪は乱れて頬にかかり、頬の肉・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 祖母はすやすや寝ている小さい弟を起して、古い負いこに包んで背負うと、彼を醸造場へつれて行った。年が寄って寒むがりになった祖母は、水鼻を垂らして歩きながら、背の小さい弟をゆすり上げてすかした。 醸造場へ行くと、彼女は、孫の仁助に・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ 四 ウイリイは犬を外に待たせておいて、大きな部屋をいくつも通りぬけて、一ばん奥の部屋にはいりますと、そこに、金色をした鳥が一ぴき、すやすやと眠っていました。その鳥の羽根は、ウイリイが先にひろった羽根と同じ羽根で・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・小母さんはいつしか顔を出してすやすやと眠っている。大根を引くので疲れたのかもしれない。小母さんの静かな寝顔をじっと見ていると、自分もだんだんに瞼が重くなる。 千鳥の話は一と夜明ける。 自分は中二階で長い手紙を書いている。藤さんが・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・すると王女は間もなく、すやすやと寝入ってしまいました。 王子はその長いすのそばのテイブルのところへいって、ひじをついて、手のひらでおとがいをささえながら、目ばたきもしないで、王女の顔を見つめていました。 ところがそのうちに、王子はだ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・しずかに寝巻に着換えていたら、いままですやすや眠ってるとばかり思っていたお母さん、目をつぶったまま突然言い出したので、びくっとした。お母さん、ときどきこんなことをして、私をおどろかす。「夏の靴がほしいと言っていたから、きょう渋谷へ行った・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・るという事になるんだろうが、これだって自分の家ではない、寓居だ、そのように三界に家なしと言われる程の女が、別にその孤独を嘆ずるわけでもなし、あくせくと針仕事やお洗濯をして、夜になると、その他人の家で、すやすやと安眠しているじゃないか、たいし・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・そして何か考えてでもいるような風であったが間もなくすやすや寝入ってしまった。 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫