・・・ 顔は隔たりてよくも見えねど、細面の色は優れて白く、すらりとしたる立姿はさらに見よげなり。心ともなくこなたを打ち仰ぎて、しきりにわれを見る人のあるにはッとしたるごとく、急がわしく室の中に姿を隠しぬ。辰弥もついに下り行けり。 湯治場の・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・何時此処へ来て、何処から現われたのか少も気がつかなかったので、恰も地の底から湧出たかのように思われ、自分は驚いて能く見ると年輩は三十ばかり、面長の鼻の高い男、背はすらりとしたやさがた、衣装といい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・背は自分と異ってすらりと高い方。言葉に力がある。 この母の前へ出ると自分の妻などはみじめな者。妻の一言いう中に母は三言五言いう。妻はもじもじしながらいう。母は号令でもするように言う。母は三言目には喧嘩腰、妻は罵倒されて蒼くなって小さくな・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 話すに明らさまには話せぬ事情を抱いていて、笛の事だけを云ったところを、斯様すらりと見事に捌かれて、今更に女は窮して終った。口がききたくても口がきけぬのである。「…………」 何と云って宜いか、分らぬのである。しかし何様あっても此・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・釣の座を譲れといって、自分がその訳を話した時に、その訳がすらりと呑込めて、素直に座を譲ってくれたのも、こういう児であったればこそと先刻の事を反顧せざるを得なくもなり、また今残り餌を川に投げる方が宜いといったこの児の語も思合されて、田野の間に・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・優しい前髪と、すらりとした女らしい背とを持った子供だった。彼女が嫁いて来たばかりの頃は、大塚さんは湯島の方にもっと大きな邸を持っていたが、ある関係の深い銀行の破産から、他に貸してあったこの根岸の家の方へ移り住んだのだ。そういう時に成ると、お・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・こう言って、ポケットから例の鍵を出して、戸口の鍵穴へはめて見ますと、ちょうどぴったり合って、戸がすらりと開きました。 ウイリイはすぐに中へはいって見ました。すると、その中には、きれいな、小さな灰色の馬が、おとなしく立っていました。ちゃん・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・と言うなり、すらりと水の下へもぐってしまいました。 ギンは、がっかりして、牛をつれてしおしおと家へかえりました。そして、母親にすべてのことを話しました。母親は女の言った言葉をいろいろに考えて、「やっぱり、かさかさのパンではい・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換え、紺足袋をすらりと脱ぎ捨て白足袋をきちんと履いて水際立ったお使者振りを示そうという魂胆であったが、これは完全に失敗した。省線は五反田で降りて、それから小坂氏の書いて下さった略図をたよりに、十丁ほど歩いて・・・ 太宰治 「佳日」
・・・そう言って御自分の財布から、すらりすらりと紙幣を抜き取り、そっと私に手渡した。 けれども新宿駅で私が切符を買おうとしたら、すでに嫁の姉夫婦が私たちの切符を買ってくれていたので、私にはお金が何も要らなくなった。 プラットホームで私は北・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫