・・・彼等が随喜渇仰した仏は、円光のある黒人ではありません。優しい威厳に充ち満ちた上宮太子などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須のようにこの国に来ても、勝つものはない・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・と生前豪語していた通りに十四、五年来著るしく随喜者を増し、書捨ての断片をさえ高価を懸けて争うようにもてはやされて来た。 椿岳の画は今の展覧会の絵具の分量を競争するようにゴテゴテ盛上げた画とは本質的に大に違っておる。大抵は悪紙に描きなぐっ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、紅葉も露伴も飽かれた今日、緑雨だけが相変らず読まれて、昨年縮印された全集がかなりな部数を売ったというは緑雨の随喜者が今でもマダ絶えないものと見える。緑雨は定めし苔の下でニヤリニヤリと脂下ってるだろう。だが、江戸の作者の伝統を引いた最後の・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・であるから政治家の変装たるヂレスリーの亜流を随喜しておっても、真の文人たるヂッケンスやサッカレーに対しては何等の注意を払わなかった。当時の文学革新は恰も等外官史の羽織袴を脱がして洋服に着更えさせたようなもので、外観だけは高等官吏に似寄って来・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・漢詩愛誦家の中にはママ諳んずるものもあるが、小説愛好者、殊に馬琴随喜者中に知るものが少ないゆえ抄録して以てこの余談を結ぶ。 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・それ故に外国文学に対してもまた、十分渠らの文学に従う意味を理解しつつもなお、東洋文芸に対する先入の不満が累をなしてこの同じ見方からして、その晩年にあってはかつて随喜したツルゲーネフをも詩人の空想と軽侮し、トルストイの如きは老人の寝言だと嘲っ・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・造化のたくみの微妙さにはただ随喜するよりない。 お河童にして、琴の爪函を抱えて通った童女が、やがて乙女となり、恋になやみ、妻となり、母となって、満ち足りて、ついには輝く銀髪となって、あの高砂の媼と翁のように、安らかに、自然に、天命にゆだ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・まだ六ツか七ツの時分、芝の増上寺から移ってこの伝通院の住職になった老僧が、紫の紐をつけた長柄の駕籠に乗り、随喜の涙に咽ぶ群集の善男善女と幾多の僧侶の行列に送られて、あの門の下を潜って行った目覚しい光景に接した事があった。今や Dmocrat・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ 今の人から見れば、完全かも知れないが実際あるかないか分らない理想的人物を描いて、それらの偶像に向って瞬間の絶間なく努力し感激し、発憤し、また随喜し渇仰して、そうして社会からは徳義上の弱点に対して微塵の容赦もなく厳重に取扱われて、よく人・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・の世界に随喜して、最大限のほめ言葉を惜しまない人々でも、ノーベル賞、世界平和賞のために日本から送られるべき候補作品としてはただ一人も「細雪」を推薦しなかった事実である。炬燵の中の雪見酒めいた文学の風情は、第二次大戦後の人類が、平和をもとめ、・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
出典:青空文庫