・・・そうして看護婦を押しのけるように、ずかずか隣の座敷へはいって行った。「こっちへ御出で。何かお母さんが用があるって云うから。」 枕もとに独り坐っていた父は顋で彼に差図をした。彼はその差図通り、すぐに母の鼻の先へ坐った。「何か用?」・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・眼をしょぼしょぼさせた一徹らしい川森は仁右衛門の姿を見ると、怒ったらしい顔付をしてずかずかとその傍によって行った。「汝ゃ辞儀一つ知らねえ奴の、何条いうて俺らがには来くさらぬ。帳場さんのう知らしてくさずば、いつまでも知んようもねえだった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 若い人が、ずかずか入って、寝ている人間の、裾だって枕許だって、構やしません。大まかに掻捜して、御飯、お香こう、お茶の土瓶まで……目刺を串ごと。旧の盆過ぎで、苧殻がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ ――略して申すのですが、そこへ案内もなく、ずかずかと入って来て、立状にちょっと私を尻目にかけて、炉の左の座についた一人があります――山伏か、隠者か、と思う風采で、ものの鷹揚な、悪く言えば傲慢な、下手が画に描いた、奥州めぐりの水戸の黄門・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ と両つ提の――もうこの頃では、山の爺が喫む煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する――根附の処を、独鈷のように振りながら、煙管を手弄りつつ、ぶらりと降りたが、股引の足拵えだし、腰達者に、ずかずか……と、もう寄った。「いや、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 処へ…… 一目その艶なのを見ると、なぜか、気疾に、ずかずかと飛着いて、下りる女とは反対の、車掌台の方から、……早や動出す、鉄の棒をぐいと握って、ひらりと乗ると、澄まして入った。が、何のためにそうしたか、自分でもよくは分らぬ。 ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・そして私はずかずか入って行った。 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 貴嬢の目と二郎が目と空にあいし時のさまをわれいつまでか忘るべき、貴嬢は微かにアと呼びたもうや真蒼になりたまいぬ、弾力強き心の二郎はずかずかと進みて貴嬢が正面の座に身を投げたれど、まさしく貴嬢を見るあたわず両の掌もて顔をおおいたるを貴嬢・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・この時本町の方より突如と現われしは巡査なり。ずかずかと歩み寄りて何者ぞと声かけ、燈をかかげてこなたの顔を照らしぬ。丸き目、深き皺、太き鼻、逞ましき舟子なり。「源叔父ならずや」、巡査は呆れし様なり。「さなり」、嗄れし声にて答う。「・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・どこで飲んだかだいぶ酔っていましたが、私が奥の部屋に臥転んでいると、そこへずかずか入って来まして、どっかり大あぐらをかきました。お幸は私の傍に坐っていたのでございます。『そとは大変な降りでござりますぜ、今夜はお泊りなされませ』と武は妙に・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫