・・・先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。一・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ 月、星を左右の幕に、祭壇を背にして、詩経、史記、二十一史、十三経注疏なんど本箱がずらりと並んだ、手習机を前に、ずしりと一杯に、座蒲団に坐って、蔽のかかった火桶を引寄せ、顔を見て、ふとった頬でニタニタと笑いながら、長閑に煙草を吸ったあと・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色のその革鞄には、以来、大海鼠に手が生えて胸へ乗かかる夢を見て魘された。 梅雨期のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿を帯びていたのに、年数・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・薄氷を踏むような吉田の呼吸がにわかにずしりと重くなった。吉田はいよいよ母親を起こそうかどうしようかということで抑えていた癇癪を昂ぶらせはじめた。吉田にとってはそれを辛抱することはできなくないことかもしれなかった。しかしその辛抱をしている間は・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ ダーリヤが、縁取りの三分の二も進んだ頃、やっと下で、「叔母さん」と呼ぶ、アーニャの細い、神経質な声がした。「やっと来た!」 ずしり、ずしり降りてゆき、マリーナが、「迷児にでもなったんだろう? 馬鹿だから……ふーむ、・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫