・・・女大学の末文に、百万銭を出して女子を嫁せしむるは十万銭を出して子を教うるに若かず云々の意を記したるは敬服の至りなれども、我輩は一歩を進めて娘の結婚には衣装万端支度の外に相当の財産分配を勧告する者なり。生計不如意の家は扨置き、筍も資力あらん者・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 右の如く、ただ気位のみ高くなりて、さて、その生計はいかんというに、かつて目的あることなし。これまた、士族の気風にして、祖先以来、些少にても家禄あれば、とうてい飢渇の憂なく、もとより貧寒の小士族なれども、貧は士の常なりと自から信じて疑わ・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・植村婆さんは、若い其等の縫いてがいやがる子供物の木綿の縫いなおしだの、野良着だのを分けて貰って生計を立てて来たのであった。沢や婆のいるうちは、彼女よりもっと年よりの一人者があった訳だ。もっと貧しい、もっと人に嫌がられる者があった。その者を、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ たとえば賃銀についてみると、日本の男の労働者はイギリスなどに比べると一四・五%から三七%、大体三分の一ほどの賃銀で生計を立てているのであるが、婦人労働者になると、さらにその三分の一が標準となっている。昭和五年に、男が二円二十二銭一厘の・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・それにつけても、文筆の活動で生計を立ててゆかなければならない私たちの必要は、食うためにはそれもしかたがない、という過去、あるいは現在の諸条件を、生存するばかりか人生のための仕事なのだからこそ、ここまで高まらなくてはならないと社会的に主張し、・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・徳川時代、武士と町人百姓の身分制度はきびしくて、町人からの借金で生計を保つ武士にも、斬りすて御免の権力があった。高利貸資本を蓄積して徳川中葉から経済力を充実させて来た大阪や江戸の大町人が、経済の能力にしたがって人間らしい自分の欲望を発揮する・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・数年前デパートの女店員は家庭を助けたが、今は家庭が中流で両親そろい月給で生計を助ける必要のないものというのが採用試験の条件である。「大人」に憂いが深いばかりか大人になりつつある若い男女の心も、訴えに満ちている。世の中は何故こうなったのだろう・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・財閥は決して退治されていない。生計の担当者である彼女たちの一票は少くともそれに反対する人民の意思表示となるべきであると思う。 安達ヶ原 群馬の或るところに恐ろしい人肉事件が起った。また再び詳しく話し返すに堪えな・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・ この三四年来は、さぞ漁村からも働き盛りの男たちが留守になっているのだろうが、あとの稼業や生計はどんな工合に営まれているだろうかと考えられる。農家では、女と子供の働きが非常に動員された。ある場所では機械や牛馬の力も加えて、男のいないあと・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・これだけの人数が、みんな一ヵ月世帯主三〇〇円、家族数一人につき一〇〇円ずつの預金をどこからか下げて、あらゆる三倍ずつの生計費をまかなって暮し、花見をして、上機嫌で平和の春がうたえるものだと、かりそめにも思うものは無い。 労働法が出来たけ・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
出典:青空文庫