・・・夫婦の間に子なき其原因は、男子に在るか女子に在るか、是れは生理上解剖上精神上病理上の問題にして、今日進歩の医学も尚お未だ其真実を断ずるに由なし。夫婦同居して子なき婦人が偶然に再縁して子を産むことあり。多婬の男子が妾など幾人も召使いながら遂に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・日月星辰の運転、風雨雪霜の変化、火の熱きゆえん、氷の冷きゆえん、井を掘りて水の出ずるゆえん、火を焚きて飯の出来るゆえん、一々その働きを見てその源因を究むるの学にて、工夫発明、器械の用法等、皆これに基かざるものなし。元来、物を見てその理を知ら・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・なお進て、天文地質の論を聞けば、大空の茫々、日月星辰の運転に定則あるを知るべし。地皮の層々、幾千万年の天工に成りて、その物質の位置に順序の紊れざるを知るべし。歴史を読めば、中津藩もまたただ徳川時代三百藩の一のみ。徳川はただ日本一島の政権を執・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・即ち双方の胸に一物あることにして、其一物は固より悪事ならざるのみか、真実の深切、誠意誠心の塊にても、既に隠すとありては双方共に常に釈然たるを得ず、之を彼の骨肉の親子が無遠慮に思う所を述べて、双方の間に行違もあり誤解もありて、親に叱られ子に咎・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・されば今、公徳の美を求めんとならば、先ず私徳を修めて人情を厚うし、誠意誠心を発達せしめ、以て公徳の根本を固くするの工風こそ最第一の肝要なれ。即ち家に居り家族相互いに親愛恭敬して人生の至情を尽し、一言一行、誠のほかなくしてその習慣を成し、発し・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・――その時はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会の一員であると云うことは、この周囲を見て察せられる。あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じよう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・かの魚彦がいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句を摸せずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さわれ曙覧は徹頭徹尾『万葉』を擬せんと務めたるに非ず。むしろその思うままを詠みた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・されど蕪村の句その影響を受けしとも見えざるは、音調に泥みて清新なる趣味を欠ける和歌の到底俳句を利するに足らざりしや必せり。 当時の和文なるものは多く擬古文の類にして見るべきなかりしも、擬古ということはあるいは蕪村をして古語を用い古代の有・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・お前たちの心底は見届けた。お前たちの誠心に較べてはおれの勲章などは実に何でもないじゃ。おお神はほめられよ。実におん眼からみそなわすならば勲章やエボレットなどは瓦礫にも均しいじゃ。」特務曹長「将軍、お申し訳けのないことを致しま・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
出典:青空文庫