・・・その側にある筆硯類は、いずれも清楚と云うほかはない。と思うとまた人を待つように、碧玉の簫などもかかっている。壁には四幅の金花箋を貼って、その上に詩が題してある。詩体はどうも蘇東坡の四時の詞に傚ったものらしい。書は確かに趙松雪を学んだと思う筆・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・まだ十八になったばかしの、痛痛しいばかりに初々しい清楚な娘さんである。 その娘さんがお茶を立てるのを見ながら、自分は苦しいばかりの幸福感をのんでいたと、あとで彼は私に語った。話はすぐ纒った。 しかし、娘さんの両親は、結婚式はこんど晴・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・娘の風俗はなるべく清楚に。その自分の好みから父さんは割り出して、袖子の着る物でも、持ち物でも、すべて自分で見立ててやった。そして、いつまでも自分の人形娘にしておきたかった。いつまでも子供で、自分の言うなりに、自由になるもののように…… ・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・を見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚の母は、その美しく勇敢な全裸の御子に・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・時は仕官懸命の地をうらやみ、まさか仏籬祖室の扉の奥にはいろうとは、思わなかったけれど、教壇に立って生徒を叱る身振りにあこがれ、機関車あやつる火夫の姿に恍惚として、また、しさいらしく帳簿しらべる銀行員に清楚を感じ、医者の金鎖の重厚に圧倒され、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 浴場は、つい最近新築されたものらしく、よごれが無く、純白のタイルが張られて明るく、日光が充満していて、清楚の感じである。湯槽は割に小さく、三坪くらいのものである。浴客が、五人いた。私は湯槽にからだを滑り込ませて、ぬるいのに驚いた。水と・・・ 太宰治 「美少女」
・・・てはじめて草畧の茶を開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴を旨とし清潔を貴・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・しかし部屋が割合に気持のいい部屋で、すべてが清楚な感じを与えた。のみならず、そこで食わせる料理も、味が軽くて、分量があまり多くなくて、自分の鈍い胃には比較的に工合がいいので、何かの機会にそこで食事をする事も稀ではなかった。 広いこの都会・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
一 清楚な感じのする食堂で窓から降りそそぐ正午の空の光を浴びながらひとり静かに食事をして最後にサーヴされたコーヒーに砂糖をそっと入れ、さじでゆるやかにかき交ぜておいて一口だけすする。それから上着の右のか・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・学校の内、きわめて清楚、壁に疵つくる者なく、座を汚す者なく、妄語せず、乱足せず、取締の法、ゆきとどかざるところなし。かつ学校の傍にその区内町会所の席を設け、町役人出張の場所となして、町用を弁ずるの傍に生徒の世話をも兼ぬるゆえ、いっそうの便利・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
出典:青空文庫