・・・以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね? 保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的懐疑とか、近代的盗賊とか、近代的白髪染めとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・小さな後姿は若々しくって青年のようだった。仁右衛門は木の葉のように震えながらずかずかと近づくと、突然後ろからその右の耳のあたりを殴りつけた。不意を喰って倒れんばかりによろけた佐藤は、跡も見ずに耳を押えながら、猛獣の遠吠を聞いた兎のように、前・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ フレンチの向側の腰掛には、為事着を着た職工が二三人、寐惚けたような、鼠色の目をした、美しい娘が一人、青年が二人いる。 フレンチはこの時になって、やっと重くるしい疲が全く去ってしまったような心持になった。気の利いたような、そして同時・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
一 数日前本欄に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住氏の論文は、今日における我々日本の青年の思索的生活の半面――閑却されている半面を比較的明瞭に指摘した点において、注意に値するものであった。け・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ などと間伸のした、しかも際立って耳につく東京の調子で行る、……その本人は、受取口から見た処、二十四、五の青年で、羽織は着ずに、小倉の袴で、久留米らしい絣の袷、白い襯衣を手首で留めた、肥った腕の、肩の辺まで捲手で何とも以て忙しそうな、そ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 老病死の解決を叫んで王者の尊を弊履のごとくに捨てられた大聖釈尊は、そのとき年三十と聞いたけれど、今の世は老者なお青年を夢みて、老なる問題はどこのすみにも問題になっていない。根底より虚偽な人生、上面ばかりな人世、終焉常暗な人生…… ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ 考えるとコッチはマダ無名の青年で、突然紹介状もなしに訪問したのだから一応用事を尋ねられるのが当然であるのに、さも侮辱されたように感じて向ッ腹を立てた。然るに先方は既に一家を成した大家であるに、ワザワザ遠方を夜更けてから、挨拶に来られた・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・丹羽さんがいませぬから少し丹羽さんの悪口をいいましょう……後でいいつけてはイケマセンよ。丹羽さんが青年会において『基督教青年』という雑誌を出した。それで私のところへもだいぶ送ってきた。そこで私が先日東京へ出ましたときに、先生が「ドウです内村・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・子供は、青年になりました。そして、若者も年をとりましたから、二人は、もっと広い世の中に出ていって、思った仕事をしなければならなかったからです。「私は、汚らしいふうをして、町の中をうろついていたときに、あなたに助けられました。あなたは、自・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ ところが、その年も押しつまったある夜、紙芝居をすませて帰ってきますと、今里の青年会館の前に禁酒宣伝の演説会の立看板が立っていたので、どんなことを喋るのか、喋り方を見てやろうと思いながら、はいって聴きました。そして、二人目の講師の演説が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫