・・・ それは、自分と同姓の、しかも自分とは一廻り下の同じ亥年の二十六歳の、K刑務所に服役中の青年囚徒からの手紙だった。彼の郷国も、罪名も、刑期も書いてはなかったが、しかしとにかく十九の年からもう七年もいて、まだいつごろ出られるとも書いてない・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
1 ある蒸し暑い夏の宵のことであった。山ノ手の町のとあるカフェで二人の青年が話をしていた。話の様子では彼らは別に友達というのではなさそうであった。銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所の・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ ある日樋口という同宿の青年が、どこからか鸚鵡を一羽、美しいかごに入れたまま持って帰りました。 この青年は、なぜかそのころ学校を休んで、何とはなしに日を送っていましたが、私には別に不思議にも見えませんでした。 午後三時ごろ、学校・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・その一人は富岡先生、その一人は村の校長細川繁、これも富岡先生の塾に通うたことのある、二十七歳の成年男子である。 二人は間を二三間隔てて糸を垂れている、夏の末、秋の初の西に傾いた鮮やかな日景は遠村近郊小丘樹林を隈なく照らしている、二人の背・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・それは人間としての素質の低卑の徴候であって、青年として最も忌むべき不健康性である。健康なる青年にあってはその性慾の目ざめと同時に、その倫理的感覚が呼びさまされ、恋愛と正義とがひとつに融かされて要請されるものである。 さてかような倫理的要・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにやってくる。そういう風に見える。しかし、なかには、大褂児の下に絹の靴下を、二三十足もかくしていた・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・実際大噐晩成先生の在学態度は、その同窓間の無邪気な、言い換れば低級でかつ無意味な飲食の交際や、活溌な、言い換れば青年的勇気の漏洩に過ぎぬ運動遊戯の交際に外れることを除けば、何人にも非難さるべきところのない立派なものであった。で、自然と同窓生・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・古来の革命は、つねに青年の手によってなされたのである。維新の革命に参加してもっとも力のあった人びとは、当時みな二十代から三十代であった。フランス革命の立者であるロベスピエールもダントンもエベールも、斬首台にのぼったときは、いずれも三十五、六・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・木下繁ももはや故人だが、一時は研究所あたりに集まる青年美術家の憧憬の的となった画家で、みんなから早い病死を惜しまれた人だ。 その時になって見ると、新しいものを求めて熱狂するような三郎の気質が、なんとなく私の胸にまとまって浮かんで来た。ど・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ この群のうちに一人の年若な、髪のブロンドな青年がいる。髭はない。頬の肉が落ちているので、顔の大きさが、青年自身の手の平ほどに見える。この青年がなんと思ったか、ちぢれた髪の上に被っていた鳥打帽を脱いで、それを高く差し伸べた手に持って岸に・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫