・・・すると、その友人たちの中でも、一番狡猾だという評判のあるのが、鼻の先で、せせら笑いながら、「君はこの金貨を元の石炭にしようと言う。僕たちはまたしたくないと言う。それじゃいつまでたった所で、議論が干ないのは当り前だろう。そこで僕が思うには・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ 僕には、それが相当むきな調子に聞えたので、いくぶんせせら笑いの意味をこめて、なにか喧嘩でもしたのですか、と反問してやった。「いいえ。」マダムは可笑しそうにしていた。 喧嘩をしたのにちがいないのだ。しかも、いまは青扇を待ちこがれ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 少年は、せせら笑いの影を顔から消した。刺繍は日の丸の旗であったのだ。少年の心臓は、とくとくと幽かな音たてて鳴りはじめた。兵隊やそのほか兵隊に似かよったような概念のためではない。くろんぼが少年をあざむかなかったからである。ほんとうに刺繍・・・ 太宰治 「逆行」
・・・彼は、父の無言のせせら笑いのかげに、あの新聞の読者を感じた。父も読んだにちがいなかった。たかが十行か二十行かの批評の活字がこんな田舎にまで毒を流しているのを知り、彼は、おのれのからだを岩か牝牛にしたかった。 そんな場合、もし彼が、つぎの・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ 僕はせせら笑い、ズボンのポケットへ両手をつっ込んでから答えた。「こんな樹の名を知っている? その葉は散るまで青いのだ。葉の裏だけがじりじり枯れて虫に食われているのだが、それをこっそりかくして置いて、散るまで青いふりをする。あの樹の・・・ 太宰治 「葉」
・・・片っ方のまっかな光が恋をしようとすれば、すぐその裏に光って居るまっさおな光がせせら笑いをしてちゃかしてしまうのが常だった。心の光が全体同じ色に光って呉れる時は、どこに行っても手を開いて抱き込んで呉れる自然に対した時ばっかりであった。 赤・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫