・・・ちょうど今ごろ五月の節句のかしわ餅をつくるのにこの葉を採って来てそうしてきれいに洗い上げたのを笊にいっぱい入れ、それを一枚一枚取っては餅を包んだことをかなりリアルに思い出すことができる。餡入りの餅のほかにいろいろの形をした素焼きの型に詰め込・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・或日父母に従って馬車を遠く郊外に馳せ、柳と蘆と桑ばかり果しなくつづいている平野の唯中に龍華寺という古刹をたずね、その塔の頂に登った事を思返すと、その日はたしかに旧暦の九月九日、即ち重陽の節句に当っていたのであろう。重陽の節に山に登り、菊の花・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・市ヶ谷饅頭谷の貧しい町を通ると、三月の節句に近いころで、幾軒となく立ちつづく古道具屋の店先には、雛人形が並べてあったのを、お房が見てわたくしの袂を引いた。ほしければ買ってやろうというと、お房はもう娘ではあるまいし、ほしくはないと言ったので、・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・正月節句抔にも先づ夫の方を勤て次に我親の方を勤べし。夫の許さゞるには何方へも行くべからず。私に人に饋ものすべからず。 我さとの親の方に私して夫の方の親類を次にす可らず、正月節句などにも云々、是れは前にも申す通り表面の儀式には行わ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・メーデーには棍棒隊をくり出させて、端午は日本の男の節句と他方を向いて色刷写真を輸出させる日本の権力を恥多いものと感じない労働者があるだろうか。ことしの三月八日こそは、日本の人民にとって特別意義がふかい。日本と世界の平和確保のための全面講和を・・・ 宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
・・・そういう、日本の面と、能や端午の節句や桜花爛漫を撮影している国際文化振興会などの、日本紹介映画との間に、どういう血が通っているか。否、普通日本人と呼ばれている多数のものの平凡で苦労の多い実生活の裡にこの二面はどんな形で、どんな有機性で渾然と・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫