・・・そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。「おい、巧いぞ。もっとやってくれ」 浮浪者の中から、声が来た。「阿呆いえ。そんな殺生な注文があるか。こんな時に、落語やれいうのは、葬式の日にヤッチョロマカセを踊れいうより、殺生や・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・となおも苛めにかかったが、近所の体裁もあったから、そのくらいにして、戸を開けるなり、「おばはん、せせ殺生やぜ」と顔をしかめて突っ立っている柳吉を引きずり込んだ。無理に二階へ押し上げると、柳吉は天井へ頭を打っつけた。「痛ア!」も糞もあるもんか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「兄貴殺生やぜ」 と、亀吉はなぐられた頬を押えながら、豹吉に言った。「何が殺生や……?」「そうかテお前、折角掏ったもんを、返しに行け――テ、そンナン無茶やぜ」「おい、亀公、お前良心ないのンか」 豹吉は豹吉らしくな・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・んと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募ら・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・市民たちも、摂政宮殿下が御安全でいらせられるということは早く一日中に拝聞して、まず御安神申し上げましたが、日光の田母沢の御用邸に御滞在中の 両陛下の御安否が分りません。それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・であるが、井伏さんはそれに頑固に反対なさって、巻数が、どんなに少くなってもかまわぬ、駄作はこの選集から絶対に排除しなければならぬという御意見で、私と井伏さんとは、その後も数度、筑摩書房の石井君を通じて折衝を重ね、とうとう第二巻はこの十三篇と・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・僕は、あの、サタンではないのか。殺生石。毒きのこ。まさか、吉田御殿とは言わない。だって、僕は、男だもの。」「どうだか。」Kは、きつい顔をする。「Kは、僕を憎んでいる。僕の八方美人を憎んでいる。ああ、わかった。Kは、僕の強さを信じてい・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・そうして、その不安の渦巻の回転する中心点はと言えばやはり近き将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。 そういう不安をさらにあおり立てでもするように、ことしになってからいろいろの天変地異が踵を次いでわが国土を襲い、そう・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々の社会人としての活動生活の侶伴となってそれを助け導いて来たと思われる。風雅の心のない武将は人を御することも下手であり、風雅の道を解しない商人はおそらく金もうけも充分でな・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・これは甚だ殺生であるからいけない。 同じような立場から云うと、基礎の怪しい会社などを始めから火葬にしないでおいたためにおしまいに多数の株主に破産をさせるような事になる。これも殺生な事であると云わなければならない事になる。 こんな話の・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
出典:青空文庫