・・・いかほど悲しい事辛い事があっても、それをば決して彼のサラ・ベルナアルの長台詞のようには弁じ立てず、薄暗い行燈のかげに「今頃は半七さん」の節廻しそのまま、身をねじらして黙って鬱込むところにある。昔からいい古した通り海棠の雨に悩み柳の糸の風にも・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ないことがあろうかと云う名に動かされた行為とはせず、彼時代の圏境の裡に武将として育った一人の人間が、一旦思い込んだら、是が非でも其を通さずには止まない性格的悲劇を捕えようとしたらしい節々が、傅役虎昌の科白のうちにも仄めかされているのである。・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・でコルベールがいう一寸した科白を、ある日本の作家が女性の洗練された話術の感覚の見本としてほめていたが、果してそれをすぐコルベールの身についたものということが出来るだろうか。有名だった「夢見る唇」の中でベルクナアが妻を演じて、苦しいその心のあ・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・立つとき、金を貰いに来た男が、拒まれて、何かすて科白を云う。 二十二日 メキシコ アリゾナ 二十三日 L. A. 着、あの心持 San Gabriel を見物 二十四日 ドクターヒアスに呼ばれる。 二十五日 CC夫人・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・男は芝居の科白を云って居るとは思わなかった。「何云ってるんだろう……気味の悪い人だ、そんなにおどかさずにおくれ」「おどかしてあげる、――どこまでもあんたが弱ってへとへとになって死んでしまうまで」「そんな美くしいかおをしてそんなこ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 宗之助の小町に、些も小野小町らしい大らかさも、才気もなく、始めから終りまで、妙にせっぱ詰った一筋声で我身を呪ったり、深草少将を憤ったりしたのは、頭が無さすぎた。 科白も始めの部分と終りの方とでは言葉使いが違っている。勿論台本がああ・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・なかに新聞記者が記事作成の上に加えられる不便をかこった科白がある。日独協定のことについて、書かれるべき感想は更に多くあるのであろうが、お定の記事が、一等国の大新聞社会欄をあれほどの場面で占め得るということは、その一面に何を暗示しているのであ・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・ 科白では、ソヴェト赤紫島万歳! と呼ぶ。だが、その「万歳」は本気にうけとれない。君等の考えている革命なんてのはこんなところだろう、と云われているような工合だ。そう考えると「赤紫島」という題も妙にこっている。 だって、赤は、赤でいい・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・マーシャを演じる俳優は、少い台詞と台詞との間に、内へ内へと拡り燃え活動しているマーシャの魂全体を捕えていなければならない。人間として密度の細かい心の疲れる性質と思われる。 芸術座の人々が、自分達の持って生れた言葉でやってさえ、なかなかう・・・ 宮本百合子 「「三人姉妹」のマーシャ」
・・・観えはするが科白がわからない。降参して、しまいには段々近くまで進出した。 ――電話かけて切符を届けさせることは、出来ないのか? それはしない。こんなことがあった。劇場は市じゅうとびとびだからね、いちいちそこをまわって買うのは骨なんだ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫