・・・「それじゃ、どうした――早く聞かせろ」「今夜は鳴き方が違いますよ」「何が?」「何がって、あなた、どうも宵から心配で堪りませんでした。どうしてもただごとじゃ御座いません」「何がさ。それだから早く聞かせろと云ってるじゃないか・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「あの時僕の経歴談を聴かせろって、泣いたのは誰だい」「泣きゃしないやね。足が痛くって心細くなったんだね」「だって、今日は朝から非常に元気じゃないか、昨日た別人の観がある」「足の痛いにかかわらずか。ハハハハ。実はあんまり馬鹿気・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ ――典獄に会わせろ。 誰が何と言っても私は動かなかった。 ――宇都の宮じゃないが、吊天井の下に誰か潜り込む奴があるかい。お前たちは逃げたんじゃないか。死刑の宣告受けてない以上、どうしても俺は入らない。 私は頑張った。・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・自分の病気の軽くない事は認めて居るが下痢症でない者を上陸させろという命令がないから仕方がないという事であった。如何にも不親切な、臨機の処置を知らぬ検疫官だと思うて少しは恨んで見た。しかし今は平和の時でないのだから余り卑怯な事はいうまい位の覚・・・ 正岡子規 「病」
ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・灰を降らせろ、灰を降らせろ。なぜ早く支度をしないか。」しずかなラクシャン第三子が兄をなだめて斯う云った。「兄さん。少しおやすみなさい。こんなしずかな夕方じゃありませんか。」兄は構わず又どなる。「地球を半分ふきとばしちまえ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ にわかにぼんやり青白い野原の向うで、何かセロかバスのやうな顫いがしずかに起りました。「そら、ね、そら。」ファゼーロがわたくしの手を叩きました。 わたくしもまっすぐに立って耳をすましました。音はしずかにしずかに呟やくようにふるえ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ にわかにぼんやり青白い野原の向うで、何かセロかバスのやうな顫いがしずかに起りました。「そら、ね、そら。」ファゼーロがわたくしの手を叩きました。 わたくしもまっすぐに立って耳をすましました。音はしずかにしずかに呟やくようにふるえ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・そして、怱々にして土地を立たせろと命じた。佐橋甚五郎が小姓だったとき同じ小姓の蜂谷を殺害したそのいきさつも、その償として甲斐の甘利の寝首を掻いた前後のいきさつも、主人である家康の命には決してそむいていないのだが、やりかたに何とも云えぬ冷酷鋭・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫