・・・お見忘になりましたか知れませんが、戦地でお世話になった輜重輸卒の麻生でござります。」「うむ。軍司令部にいた麻生か。」「はい。」「どうして来た。」「予備役になりまして帰っております。内は大里でございます。少佐殿におなりになって・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・私はロシアとの戦争が起ったので、戦地へ出発した。F君は新橋の停車場まで送って来て、私にドイツ文で書いたロシア語の文法書を贈った。この本と南江堂で買ったロシア、ドイツの対訳辞書とがあったので、私は満州にいる間、少なからぬ便利を感じた。 私・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・家庭を破壊してズボンの細きを追う人がある。雪隠に烟草を吹かし帽子の型に執着する子供を「人」たらしむべき教育は実に難中の難である、ああ、かくして虚栄は人を魔境にさそい堕落の暗礁に誘うローレライである。 人生は混沌。肉の執着といい生命虚栄の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫