・・・当時老博士はシェークスピア全集の翻訳に専念して居られた。したがって程よい時間が経つと、自然私がもうお暇しなくてはいけないのだな、とさとるような雰囲気が生み出されたのも肯けるが、そのときの私としては、そういう一通り整った儀礼のこちら側では何と・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・日本の政府は権力に忠実な人格者英雄をつくることがさきであり、美談ずきなのに、下山氏の事件は、犯罪的な疑惑へと一般の関心を導くことに専念されている。どういう事件であるにしろ、本質は、政府の首きり政策が原因である、と死のモメントから人々の注意が・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・ 生命の萌芽が、一寸の幹を所有するまでの専念な営み――。人は其前に頭を垂れる心を持つべきではないだろうか。 先生は可愛いのだから、此那事を云いたく無い、厭だ厭だと思いながら、西日の差す塵っぽい廊下の角で、息をつまらせて口答えを仕たお・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・その原因について、男の文学者の或る人は、女性の社会感覚がせまいことがかえって幸して、主観のうちにとらえられている主題を外界に煩わされずに――荒々しい社会性に妨げられずに一意専念自分の手に入った技巧でたどってゆくから、この文学荒廃の時期に、婦・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・ 先年妙解院殿御卒去の砌には、十九人の者ども殉死いたし、また一昨年松向寺殿御卒去の砌にも、簑田平七正元、小野伝兵衛友次、久野与右衛門宗直、宝泉院勝延行者の四人直ちに殉死いたし候。簑田は曾祖父和泉と申す者相良遠江守殿の家老にて、主とともに・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ つぎに着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事をなげうつこともあれば、日々の務めは怠らずに、たえず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じことである。こういう人が深くはいり・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・その候補者はどんな人間かと云うと、あらゆる不遇な人間だね。先年壮士になったような人間だね。」 茶を飲んで席を起つものがちらほらある。 木村は隠しから風炉鋪を出して、弁当の空箱を畳んで包んでいる。 犬塚は楊枝を使いながら木村に、「・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・あの先年の大合戦の跡でおじゃろうが、跡を取り収める人もなくて……」「女々しいこと。何でおじゃる。思い出しても二方(新田義宗と義興の御手並み、さぞな高氏づらも身戦いをしたろうぞ。あの石浜で追い詰められた時いとう見苦しくあッてじゃ」「ほ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫