・・・ヒューマニズムの理論的闡明に附随している不便や現実の展開の局限などから生じた停滞が、この傾向を助長させているのであろうし、又限界をひろくして観察すれば、そういう傾向にいつしか導き込む安易さが昨年あたりからヒューマニズム提案がなされた初期から・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
・・・詩人バリモントやブリューソフが蒼白い虚無だの人生の目的の喪失だのをうたった時は、もう社会の他の一部には彼等詩人たちが何故そのように貧血した虚無しか感じ得なくなっているかという社会的根拠を闡明することの出来る叡智・科学的洞察力が高まって来てい・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・西向きの一室、その前は植込みで、いろいろな木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいる室だろう、今もそこには二人の婦人が…… けれどまず第一に人の眼に注まるのは夜目にも鮮明に若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・此のため官能的表徴は感覚的表徴よりもより直截で鮮明な印象を実感さす。が、実は感覚的表徴のそれのごとく象徴せられた複合的綜合的統一体なる表徴能力を所有することは不可能なことである。此の故官能表徴は表象能力として直接的であるそれだけ単純で、感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・人間は誰でも少しは狂人を自分の中に持っているものだという名言は、忘れられないことの一つだが、中でもこれは、かき消えていく多くの記憶の中で、ますます鮮明に膨れあがって来る一種異様な記憶であった。 それも新緑の噴き出て来た晩春のある日のこと・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ちょうど無色透明で歪みのない窓ガラスが外の景色を最も鮮やかに見せてくれるように、表現の透明さは作者の現わそうとするものを最も鮮明に見せてくれる。また透明であればあるほどそこにガラスのあることが気づかれないと同様に、透明な表現もその表現の苦心・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・そうすることによってそれぞれの物が鮮明に見え、その物の持つ意義が読み取られ得るのである。自分にとって鮮明でないからといってその物を無意義とするのは単なる主観主義に過ぎない。それはまた幼稚の異名である。我々は日本の文化の現状がまだこの幼稚の段・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・私は利己主義の悪と醜さとをかくまで力強く鮮明に描いた作を他に知らない。また執拗な利己主義を窒息させなければやまない正義の重圧の気味悪い底力も、前者ほど突っ込んではないが、力を入れて描いてある。次の『道草』においても利己主義は自己の問題として・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫