・・・「もう一度わたくしはお願い致します。善行賞はお取り上げになっても仕かたはありません。」 下士は俄に顔を挙げ、こう甲板士官に話しかけた。K中尉は思わず彼を見上げ、薄暗い彼の顔の上に何か真剣な表情を感じた。しかし快活な甲板士官はやはり両・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ そう言えば、全校の二階、下階、どの教場からも、声一つ、咳半分響いて来ぬ、一日中、またこの正午になる一時間ほど、寂寞とするのは無い。――それは小児たちが一心不乱、目まじろぎもせずにお弁当の時を待構えて、無駄な足踏みもせぬからで。静なほど・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校長が持て余して数々退校を以て嚇したのでも全校第一ということが分る。 全校第一腕白でも数学でも。しかるに天性好きな画では全校第一の名・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・高等学校にはいっていたとき、そこの歴史の坊主頭をしたわかい教授が、全校の生徒の姓名とそれぞれの出身中学校とを悉くそらんじているという評判を聞いて、これは天才でなかろうかと注目していたのだが、それにしては講義がだらしなかった。あとで知ったこと・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・「わるい善行って言葉も、あるわよ。」 浴場のながい階段を、一段、一段、ゆっくりゆっくり上る毎に、よい悪事、わるい善行、よい悪事、わるい善行、よい悪事、わるい善行、……。 芸者をひとり、よんだ。「私たち、ふたりで居ると、心中しそう・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・枯木も山の賑わいというところだったのだが、それが激賞されるほどの善行であったとは全く思いもかけない事であった。私は、みんなを、あざむいているような気がして、浅間しくてたまらなかった。査閲からの帰り路も、誰にも顔を合せられないような肩身のせま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・全校生徒、百五十人くらいの学校の気持。正面の黒板には、次のような文字が乱雑に、秩序無く書き散らされ、ぐいと消したところなどもあるが、だいたい読める。授業中に教師野中が書いて、そのままになっているという気持。その文字とは、・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・聖グレゴリーも、善行について同様な意見であることを述べているようじゃ。」と、しみじみ気を腐らし、歎息をもらしている。ウエークフィルドの牧師ほどの高徳の人物でさえ、そうである。いわんや私のごとき、無徳無才の貧書生は、世評を決して無視できない筈・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ これでも、善行という事になるのだろうか、たまらねえ。私は唐突にヴァレリイの或る言葉を思い出し、さらに、たまらなくなりました。 もし、私のその時の行いが俗物どもから、多少でも優しい仕草と見られたとしたら、私はヴァレリイにどんなに軽蔑・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・ 五 善行日と悪行日 ある日新聞を見ていると妙な広告が眼についた。「サーモンデー」と大きな字で印刷してある。何かの説教でもあるかと思ってよく見ると、それは Sermon でなくて Salmon day であった。鮭・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫