・・・ 安アパートの夜の雨の場面にももう少しの俳諧がほしいような気がした。 前途有望なこの映画の監督にぜひひと通りの俳諧修行をすすめたいような気がしているのである。 十六 外人部隊 たいへんに前評判のあった映画であ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。 しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりき・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・お前は前途有望だから、残って部下の訓練に精を出してくれなくちゃ困ると、まあ然ういう命令なんだ。 秋山大尉は残念でならねえ。○○師団のところへ掛合行きも行った。五度も行って縋った。○○師団長も終に怒った。軍隊の命令は、総て、天皇陛下のお言・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・忠義立として謀叛人十二名を殺した閣臣こそ真に不忠不義の臣で、不臣の罪で殺された十二名はかえって死を以て我皇室に前途を警告し奉った真忠臣となってしもうた。忠君忠義――忠義顔する者は夥しいが、進退伺を出して恐懼恐懼と米つきばったの真似をする者は・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・少々ばつは悪かったようなものの昨夜の心配は紅炉上の雪と消えて、余が前途には柳、桜の春が簇がるばかり嬉しい。神楽坂まで来て床屋へ這入る。未来の細君の歓心を得んがためだと云われても構わない。実際余は何事によらず露子の好くようにしたいと思っている・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・然ばすなわち、いやしくも改進者流をもって自からおる者は、たとい官員にても平人にても、この政府の精神とともに方向をともにし、その改むるところを改め、その進むところに進み、次第に自家の境界を開きて前途に敵なく、ついには、かの守旧家の強きものをも・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・歌界の前途には光明が輝いで居る、と我も人もいう。 本をひろげて冕の図や日蔭のかずらの編んである図などを見た。それについてまた簡単な趣味と複雑な趣味との議論が起った。 夜が更けて熱がさめたので暇乞して帰途に就いた。空には星が輝いて居る・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・よろこびが、あなたの前途にみちているように。苦しみと悲しみがあなたを囲んだとき、涙の浮ぶ瞳ながらやはり太陽はその涙にきらめいているように。人間の美こそ、女性の美の最高のものです。〔一九四八年四月〕・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・女のような声ではあったが、それに強い信念が籠っていたので、一座のものの胸を、暗黒な前途を照らす光明のように照らした。 「どりゃ。おっ母さんに言うて、女子たちに暇乞いをさしょうか」こう言って権兵衛が席を起った。 従四位下侍従兼肥後・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・――私は彼の前途を信じている。根の確かな人から貧弱な果実が生まれるはずはない。五 古来の偉人には雄大な根の営みがあった。そのゆえに彼らの仕事は、味わえば味わうほど深い味を示してくる。 現代には、たとい根に対する注意が欠け・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫