・・・と同時に悪魔もまた宗徒の精進を妨げるため、あるいは見慣れぬ黒人となり、あるいは舶来の草花となり、あるいは網代の乗物となり、しばしば同じ村々に出没した。夜昼さえ分たぬ土の牢に、みげる弥兵衛を苦しめた鼠も、実は悪魔の変化だったそうである。弥兵衛・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ ……煙草の煙、草花のにおい、ナイフやフォオクの皿に触れる音、部屋の隅から湧き上る調子外れのカルメンの音楽、――陳はそう云う騒ぎの中に、一杯の麦酒を前にしながら、たった一人茫然と、卓に肘をついている。彼の周囲にあるものは、客も、給仕も、・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・これは、元祖から、今の宗家へ伝来したのだと云うが……」 生憎、その内に、僕は小用に行きたくなった。 ――厠から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後には、黒い紗の覆面をした人が一人、人形を持って立っ・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・ところで、私陰気もので、あまり若衆づきあいがございませんから、誰を誘うでもあるまいと、杉檜の森々としました中を、それも、思ったほど奥が深くもございませんで、一面の草花。……白い桔梗でへりを取った百畳敷ばかりの真青な池が、と見ますと、その汀、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・朗快な太陽の光は、まともに庭の草花を照らし、花の紅紫も枝葉の緑も物の煩いということをいっさい知らぬさまで世界はけっして地獄でないことを現実に証明している。予はしばらく子どもらをそっちのけにしていたことに気づいた。「お父さんすぐ九十九里へ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ 萎れた草花が水を吸い上げて生気を得たごとく、省作は新たなる血潮が全身にみなぎるを覚えて、命が確実になった心持ちがするのである。「失態も糸瓜もない。世間の奴らが何と言ったって……二人の幸福は二人で作る、二人の幸福は二人で作る、他人の・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・春の日なので、いろいろの草花が、花壇の中に咲いています。その花の名などを、二人が話し合っています。ふとんの外へ出ている顔に、やさしいほほえみが浮かんでいます。この姉のほうの子は、いま幸福であります。」と、やさしい星は答えました。「男の子・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・高い天井、白い壁、その上ならず壇の上には時ならぬ草花、薔薇などがきれいな花瓶にさしてありまして、そのせいですか、どうですか、軽い柔らかな、いいかおりが、おりおり暖かい空気に漂うて顔をなでるのです。うら若い青年、まだ人の心の邪なことや世のさま・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ その家は僕の家から三丁とは離れない山の麓にあって、四間ばかしの小さな建築ながらよほど風流にできていて庭には樹木多く、草花なども種々植えていたようであった。そのころ四十ばかりになる下男と十二歳になる孫娘と、たった三人、よそ目にはサもさび・・・ 国木田独歩 「初恋」
出典:青空文庫