・・・豊吉はお花が土蔵の前の石段に腰掛けて唱う唱歌をききながら茶室の窓に倚りかかって居眠り、源造に誘われて釣りに出かけて居眠りながら釣り、勇の馬になッて、のそのそと座敷をはいまわり、馬の嘶き声を所望されて、牛の鳴くまねと間違えて勇に怒られ、家じゅ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・すると少女は身体の具合が少し悪いと言って鬱いで、奥の間に独、つくねんと座っていましたが、低い声で唱歌をやっているのを僕は縁辺に腰をかけたまま聴いていました。『お栄さん僕はそんな声を聴かされると何だか哀れっぽくなって堪りません』と思わず口・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 少女は神崎の捨てた石を拾って、百日紅の樹に倚りかかって、西の山の端に沈む夕日を眺めながら小声で唱歌をうたっている。 又た少女の室では父と思しき品格よき四十二三の紳士が、この宿の若主人を相手に囲碁に夢中で、石事件の騒ぎなどは一切知ら・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 美しき秋の日で身も軽く、少女は唱歌を歌いながら自分よりか四五歩先をさも愉快そうに跳ねて行く。路は野原の薄を分けてやや爪先上の処まで来ると、ちらと自分の眼に映ったのは草の間から現われている紙包。自分は駈け寄って拾いあげて見ると内に百円束・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・さいしょ田舎の小学校の屋根や柵が映されて、小供の唱歌が聞えて来た。嘉七は、それに泣かされた。「恋人どうしはね、」嘉七は暗闇のなかで笑いながら妻に話しかけた。「こうして活動を見ていながら、こうやって手を握り合っているものだそうだ。」ふびん・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・囚人たちの唱歌ですよ。シオンのむすめ、…… ――語れかし! ――わが愛の君に。私は讃美歌をさえ忘れてしまいました。いいえ、そういう謎のつもりでは無かったのです。あなたから、何もお伺いしようと思いません。そんなに気を廻さないで下さい。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・少女は、ベッドから降りて、自分の砂糖水を、そのおじいさんに全部飲ませてやる、というだけのものであったが、私はその挿画さえ、いまでもぼんやり覚えている。実にそれは心にしみた。そうして、その物語の題の傍に、こう書かれていた。汝等おのれを愛するが・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・鳥獣合戦のときの唱歌でしょう。「そうかね。ひどい歌だね。」「そうでしょうか。」と何も知らずに笑っている。 その歌が、いま思い出された。私は、弱行の男である。私は、御機嫌買いである。私は、鳥でもない。けものでもない。そうして、人でもない。・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・The Yellow Book の故智にならい、ビアズレイに匹敵する天才画家を見つけ、これにどんどん挿画をかかせる。国際文化振興会なぞをたよらずに異国へわれらの芸術をわれらの手で知らせてやろう。資金として馬場が二百円、私が百円、そのうえほか・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・決して叱らないから、いまお前たちが、あの、外のグランドで一緒に歌っていた唱歌を、ここで歌ってごらん。低い声でかまわないから、歌ってごらん。叱るんじゃないんだよ。先生は、あの歌を、ところどころ忘れたのでね、お前からいま教えてもらおうと思ってい・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫