・・・一人は唱歌の先生である。三人は毎日そろってひけてかえる。その位の親友であった。ある日、授業が終ってこれから礼というとき、さっとドアがあいて、一年の先生が首をのぞけた。「もう授業すんだんでしょう?」「ええ」「じゃ、一寸御免なさい」・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・五つをかしらに三人の子供たちをそのぐるりにあつめながら、バラの花簪などを髪にさした母のうたった唱歌は「青葉しげれる桜井の」だの「ウラルの彼方風あれて」だのであった。当時、父は洋行中の留守の家で、若かった母は情熱的な声でそれらの唱歌を高くうた・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・その声よりも稚い国民学校の子供たち、絵本のほしい子供たち、その子たちはアメリカの子供がたべても美味しいミカン、という奇妙な唱歌をうたって、アメリカから送られたきれいな本を三越の展覧会でごらんなさい、と教えられている。国民学校や中等学校は教科・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・併合して教えるとするにしても、いちどきに百人から百五十人を入れる唱歌教室をどの小学校でも持っているというわけではあるまい。倍の労力に対する先生への報酬は、どのように変化するのだろうか。 国民学校へ移ってゆく現実の過程には、あらゆる面で、・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・という王政復古時代の現実をなまなましく反映したバルザックの人物たちは、その旺盛な爪牙をといでつかみかかる対象を常に必要としたし、その関係が、バルザック流の情熱で純粋を保つためには――純粋にぺてんにかけ、純粋にぺてんにかかるためには――この世・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・上木し得るまでに浄写した美麗な巻で、一勇斎国芳の門人国友の挿画数十枚が入っている。 この游は安政二年乙卯四月六日に家を発し、五日間の旅をして帰ったものである。巻首に「きのとの卯といへるとし、同じ月始の六日」と云ってある。また巻末に添えら・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・早くオルガンを聴きながら唱歌を唄ってみたかった。「灸ちゃん。御飯よ。」と姉が呼んだ。 茶の間へ行くと、灸の茶碗に盛られた御飯の上からはもう湯気が昇っていた。青い野菜は露の中に浮んでいた。灸は自分の小さい箸をとった。が、二階の女の子の・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫