・・・相当な価値があり興味があると思われる一つの論文が、他の学者乙の眼から見るとさっぱり価値のない下らないものに見えることがあり、また反対に甲の眼には平凡あるいは無意味と映ずる論文が、乙の眼には非常に有益な創見を示すものとして光って見えることが可・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・見ると色彩については線法や構図に対するほどの苦心はしていないかと思われるのもないではないが、しかし簡単な花鳥の小品などを見ても一見何らの奇もないような配色の中に到底在来の南画家の考え及ばないと思われる創見的な点を発見する事が出来る。例えば一・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・それにもかかわらず雪ちゃんは壮健で至って元気のよい子であった。利ちゃんが何かいたずらでもした時に叱りつける声はどうしてこの細いかよわい咽から出るのかと思うようで、何か御使いでも云いつけらるると飛鳥のように飛んで出て疾風のごとく帰って来る。こ・・・ 寺田寅彦 「雪ちゃん」
・・・上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気に戸口にヌッと出現する、あたり近所は狭苦しきばかり也、この会見の栄を肩身狭くも双肩に荷える余に向って婆さんは媾和条件の・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見するの好材料として何人の脳裏にも保存せらるるであろう。余はジェーンの名の前に立留ったぎり動かない。動かないと云うよりむしろ動けない。空想の幕・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・あなたがたの双肩に日本の勝利はゆだねられています、第一線の花形です、というほめ言葉を、そのころはじめてきいたのだった。 終戦のとき、それからあと、これら第一線の花形たちの生活はどうなったろう。女は家庭にかえれと、職場を失った。大部分が戦・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・今日猶まことに壮健である財閥の七変化的存在への助力。戦時利得税、財産税についての解説一つでも真面目に聴いたらば、人民は、曖昧な日本的薄笑いを口辺に浮べてはいないと思う。貿易局の頭に三井財閥を坐らせている政府。銀行、大企業が、9/10を所有し・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・その心理のうねりの間に文学の胚種は護られているのだけれど、文学の壮健な生い立ちのためには文学を導く心理そのものを時々はきびしく吟味してみるのがすべての作家の責任でもあると思う。〔一九四一年六月〕・・・ 宮本百合子 「作品の主人公と心理の翳」
・・・今はまるで壮健で子供の親になっている弟も五つ六つの頃はギプスをはめて歩いていたりしたのであったから。 昨今ひとめで新入生とわかる子供たちを見ると、まあまあ、御苦労様だった、とその子の親をもこめて思う気持になるのは、私ひとりの感情ではない・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・ 大衆課税、物価騰貴が大衆の双肩にかかっている。大衆の文化を圧する方策が、大衆の現実という名において大衆の頭上にふりかかって来ている。従って、大衆にわかる小説を書かなければならないという一見自明な『文学界』などの提案も、嘗てプロレタリア・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
出典:青空文庫