・・・「円満具足の相好とは行きませんかな。そう云えばこの麻利耶観音には、妙な伝説が附随しているのです。」「妙な伝説?」 私は眼を麻利耶観音から、思わず田代君の顔に移した。田代君は存外真面目な表情を浮べながら、ちょいとその麻利耶観音を卓・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・……お言には――相好説法――と申して、それぞれの備ったおん方は、ただお顔を見たばかりで、心も、身も、命も、信心が起るのじゃと申されます。――わけて、御女体、それはもう、端麗微妙の御面相でなければあいなりません。――……てまいただ、力、力が、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 斜違にこれを視めて、前歯の金をニヤニヤと笑ったのは、総髪の大きな頭に、黒の中山高を堅く嵌めた、色の赤い、額に畝々と筋のある、頬骨の高い、大顔の役人風。迫った太い眉に、大い眼鏡で、胡麻塩髯を貯えた、頤の尖った、背のずんぐりと高いのが、絣・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・から茶人というものは愚人である、茶は面白いが茶人は駄目である、利休や宗旦は別であるが、外の茶人に物の解った人はない様じゃ、こう一筋に考えたものであったが、今思うとそれは予の考違であった、茶の湯は趣味の綜合から成立つ、活た詩的技芸であるから、・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・馬琴の人生観や宇宙観の批評は別問題として、『八犬伝』は馬琴の哲学諸相を綜合具象した馬琴宗の根本経典である。 三 『八犬伝』総括評 だが、有体に平たくいうと、初めから二十八年と予定して稿を起したのではない。読者の限・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・事業家としてドレほどの手腕があったかは疑問であるが、事を侶にした人の憶出を綜合して見ると相当の策もあり腕もあったらしく、万更な講釈屋ばかりでもなかったようだ。実をいうと実務というものは台所の権助仕事で、馴れれば誰にも出来る。実務家が自から任・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ * その晩の話を綜合して想像すると、境遇のため泥水稼業に堕ちた可哀相な気の毒な女があって、これを泥の中から拾い上げて、中年からでも一人前になれる自活の道を与える意で、色々考えた結果がココの女の写真屋の内弟子に住・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 雑誌に載った時は、読みたいとも思わなかったのが、単行本となって、あらわれて、はじめて一本を購って、読むということがあります。綜合雑誌の中に混っては埋れて個性的な感じを与へなかったのが、独立して、真価を発するのを見れば、本来から、其・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 警官は斯う云って、初めて相好を崩し始めた。「あ君か! 僕はまた何物かと思って吃驚しちゃったよ。それにしてもよく僕だってことがわかったね」 彼は相手の顔を見あげるようにして、ほっとした気持になって云った。「そりゃ君、警察眼じ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そこで僕は色々と聞きあつめたことを総合して如此ふうな想像を描いていたもんだ。……先ず僕が自己の額に汗して森を開き林を倒し、そしてこれに小豆を撒く、……」「その百姓が見たかったねエハッハッハッハッハッハッ」と竹内は笑いだした。「イヤ実・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫