・・・ ジイドも、彼の細君の発熱についてはそういう本質の差を知っており、又当然知ろうとするであろうのに、芸術家の死命を制する人間的叡智の根源において、歴史の相貌の質的相異の知覚を失っているばかりか、それを自ら恐怖しもしないというのは、何という・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・ 四 たとえば、石川達三氏のような作家が、初めは「蒼氓」をかいて文学的出発をしながら、その後は「蒼氓」のうちにも内包されていた一種の腕の面を発達させて、「結婚の生態」に今日到達している姿はなかなか面白いと思・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・逆にどんな澎湃たる歴史の物語もそこに関与したそれぞれの社会の階層に属す人間の名をぬいて在ることは出来ないという事実の機微からみれば、たとい草莽の一民の生涯からも、案外の歴史の物語が語られ得る筈である。 このことは明瞭に大正初期に見られた・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・今日の日本の特徴的な相貌としては、云わば自然なそういう作家の変りかたにおいて、作家の変ることが語られているのではなくて、たとえばこれまではシャボテンであったがこれからは蘇鉄でなければならないと、銘仙から金糸でも抜くことのように云われ勝なとこ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 左翼の歴史が何故そのように急な興隆と急な退潮とを余儀なくされているかということについて、詳細にここで触れる必要のないことであろうと思うが、これ等の重大な歴史の相貌は悉く、日本がヨーロッパよりおくれて、而も独自な事情のもとに近代社会とし・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 今年はひろい規模で様々の祝典が催されたり、日本の歴史の上での記念すべき年として予定されているわけですが、日常生活が市民一般にあらわしている相貌に於ても、現実的にごく画期的なものをもっているのは興味ふかいところであると思います。私たち普・・・ 宮本百合子 「歳々是好年」
・・・私たち女の心にある慰問は、もっと歴史の相貌に根ざしたところから惻々と発しているのである。また、女自身が、兵士への慰問というと、たちまちある型で女らしさと考えられている感情の習慣的な面だけで、少女小説的に受動的にだけポーズするのも、まことにた・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・『現代文学論』の第一篇、第三篇、第四篇、第五篇、第六篇は、次々に推移したそのような生活と文学との相貌を、具体的な個々の文学現象にふれて、文学的要因から闡明している。 時間の上からは第一篇についで書かれた第二篇は、それらの諸問題と必然・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・ 近代工業が勃興して、大工場が増加し、そこに働く労働者とその家族の数が、この世界に殖えて来るにつれて、文学における自然はこれまでにない相貌によって描かれるようになって来た。これまでの文学とその作者の日常生活の中では目に入れられなかった大・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・「蒼氓」をもって現れたこの作者は、その小説でまだ何人も試みなかった「生きている兵隊」を描き出そうとしたのであろうが、作品の現実は、それとは逆に如何にも文壇的野望とでもいうようなものの横溢したものとなっていた。作者はその一二年来文学及び一般の・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫