・・・今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。 それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。 しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・思うに日本のような特殊な天然の敵を四面に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる。陸海軍の防備がいかに充分であっても肝心な戦争の最中に安政程度の大地震・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 流行の姿を備えるためには少なくも時と空間いずれか、あるいは両方の決定が必要である。季題の設定はこの必要に応ずるものである。季題のない発句はまれにはあるとしてもそれは除外例である。二条良基は連歌の句々の推移のありさまを浮世の盛衰にたとえ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 東京で一般的放送が開始されて後も、しばらくの間は全く他所事のように何の興味も感じなかったので、自宅へ受信機を備えるどころか、他所のでちょっと聞いてみようという気も起らなかった。もっとも、それよりもよほど前に、どこかの実験室でのデモンス・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・してみれば放縦不羈を生命とする芸術家ですらも時と場合には組織立った会を起し、秩序ある行動を取り、統一のある機関を備えるのである。私はこれを生活の両面に伴う調和と名づけて、けっして矛盾の名を下したくない。矛盾には違なかろうがそれは単に形式上の・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 祭官の祭詞を読む間も御玉串を供える時にも喪主になった私はいろいろの事を誰よりも一番先にした。恥かしい気もうじうじする気も私の心の隅にはちょんびりも生れて来なかった。 御供をし又それを静かに引いて柩は再び皆の手に抱かれて馬車にのせら・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・私は、謙譲な 一人の侍女それ等の果物を一つ一つみのるがまま、色づくがまま捧げて 神に供える。朝 園を見まわり身体を浄め心 裸身で大理石の 祭壇に ぬかずく。或時は 常春藤の籠にもり或時は 石蝋・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ その次の日から朝、お水と塩を枕元の机に供えるのが私の役目になった。 朝になると私は目が醒め次第暗い叔父の枕元に新らしいそれ等の供物を並べた。 生きて居る叔父に食べ物を並べてあげる通りどこかでお礼を云われて居る様な彼の大きな掌が・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・はじめて小説は小説としての本質を具えるものであると説明しているのであるが、我々にとって興味ある事実は、この画期的意味をもった小冊子が当時の外国文学の潮流にのっとって著わされたに拘らず、バルザックの名には一字もふれられていないことである。・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・然し、これは、そうあったらよかったということに過ぎず、今日の激化した情勢のうちで誰がそのような十分の土台をつくり得た後、敵の襲撃に具えるということができよう。われらは、不意に、陰険に、不条理に短期間、あるいは長期間自由を奪われる。林は、二年・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
出典:青空文庫