・・・その時お俊お婆さんは涙をこぼしながら、こんなに早く死ぬのだったら薄茶ぐらい飲ませてやればよかった、お運、立ててやれと、嫁である祖母に云って供えさせたそうだ。父は、このこわかったが物わかりはよかった祖母さんに、精一郎はお皿だ、と批評されたこと・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・それは阿部権兵衛が殉死者遺族の一人として、席順によって妙解院殿の位牌の前に進んだとき、焼香をして退きしなに、脇差の小柄を抜き取って髻を押し切って、位牌の前に供えたことである。この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「拾われて参ってから三年ほど立ちましたとき、食堂で上座の像に香を上げたり、燈明を上げたり、そのほか供えものをさせたりいたしましたそうでございます。そのうちある日上座の像に食事を供えておいて、自分が向き合って一しょに食べているのを見つけら・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ゆうべは小屋に備えてある衾があまりきたないので、厨子王が薦を探して来て、舟で苫をかずいたように、二人でかずいて寝たのである。 きのう奴頭に教えられたように、厨子王はかれいけを持って厨へ餉を受け取りに往った。屋根の上、地にちらばった藁の上・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 彼と父親とがそうして土下座しているところへ、七十余りになる老人が、仏前に供えた造花の花を二枝手に持って、泣きながらやって来ました。「おじいさんの永生きにあやかりとうてな、こ、こ、これを、もろうて来ました。なあ、おじいさんは永生きじゃっ・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫