・・・「そりゃあ己だって無論好い心持はしないさ。しかしみんながそんな気になったら、それこそ人殺しや犯罪者が気楽で好かろうよ。どっちかに極めなくちゃあならないのだ。公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・く身上も云い分がないんでやたらに出る事も出来ないので化病を起して癲癇を出して目をむき出し口から沫をふき手足をふるわせたんでこれを見てはあんまりいい気持もしないんで家にかえすとよろこんで親には先の男にはそりゃあ、いやな病気があるんですよといい・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・追窮されても窘まぬ源三は、「そりゃあただおいらあ、自由自在になっていたら嬉しいだろうと思ったからそう云ったのさ。浪ちゃんだってあの禽のように自由だったら嬉しいだろうじゃあないか。」と云うと、お浪はまた新に涙ぐんで其言には答えず、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「ほめてでももらわなくちゃあ埋らないヨ、五十五銭というんだもの。「何でも高くなりやあがる、ありがてえ世界だ、月に百両じゃあ食えねえようになるんでなくッちゃあ面白くねえ。「そりゃあどういう理屈だネ。「一揆がはじまりゃあ占めたも・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・と自分は学生生活もしたらしい男の手を眺めて、「僕も君等の時代には、随分困ったことがある――そりゃあもう、辛い目に出遇ったことがある。丁度君が今日の境遇を僕も通り越して来たものさ。さもなければ、君、誰がこんな忠告なぞするものか、実際君の苦しい・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・「今の若い連中は仲々面白いことを考えてるようだね」「そりゃあ、君、進んでいるさ」と相川は歩きながら新しい巻煙草に火を点けた。「吾儕の若い時とは違うさ」「そうだろうなあ」「それに、あの二人なぞは立派に働ける人達だよ――どうして・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・に引越すようにすすめて、こんなアパートに居るのでは、世の中の信用も如何と思われるし、だいいち画の値段が、いつまでも上りません、一つ奮発して大きい家を、お借りなさい、と、いやな秘策をさずけ、あなたまで、そりゃあそうだ、こんなアパートに居ると、・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・「だって、そりゃあ、……あとから来る事だってあるじゃありませんか。」「……この『様』の字をちょっと比べて見てくれ。どうも同じ手だと思うんだが……。」「ええ、そうですよ。……きっとそうですよ。」 めんどうくさくなった細君は無責・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・と聞く、「ウーン、そりゃあその、麝香にもまたいろいろ種類があるそうでのう」と、どちらともわからぬ事をいう。桶屋はしいて聞こうともせぬ。桶をたたく音は向こうの丘に反響して楝の花がほろほろこぼれる。・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・「来よう来ようと思いながら、つい忙がしいものだから――」「そりゃあ、忙がしいだろう、何と云っても学校にいたうちとは違うからね、この頃でもやはり午後六時までかい」「まあ大概そのくらいさ、家へ帰って飯を食うとそれなり寝てしまう。勉強・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫