・・・お洒落ではなかったが、髭は必ず毎朝剃り、カラアは毎朝とりかえ、ホワイト・シャツも一日おき位にとりかえ、そのホワイト・シャツのカフス・ボタンをはめるのが私の役でした。その頃は今のようにソフトをつかわず、西洋洗濯から糊がごわごわについてテラリと・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・聖画屋の番頭はそれを知ると、この反り鼻の小僧を呼びつけて言いわたした。「お前は抜萃帖か何か作ってるそうだが、そんなことはやめちまわなくちゃいけない。いいかね? そんなことをするのは探偵だけだ」 聖画店の主人は五留の給金を無駄にしない・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・が、それと知った聖画商の番頭は、奇妙な反り鼻の小僧を呼びつけて、云いわたした。「お前は抜萃帖か何かを作っているそうだが、そんなことはやめちまわなくちゃいけない。いいか? そんなことをするのは探偵だけだ!」 一八八一年、ゴーリキイが十・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ この開成山の村役場というのが、そんな東北の開墾村の役場にふさわしくないような三階建てで、屋根はコバ葺きながらなだらかな反りを松の樹蔭に陰見させている。一里ばかり離れた郡山の町から一直線の新道がつくられて、そのポクポク道をやって来たもの・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・前文隈本の方へは、某頭を剃りこくりおり候えば、爪なりとも少々この遺書に取添え御遣し下され候わば仕合せ申すべく候。床の間に並べ有之候御位牌三基は、某が奉公仕りし細川越中守忠興入道宗立三斎殿御事松向寺殿を始とし、同越中守忠利殿御事妙解院殿、同肥・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・あとからは頭を剃りこくって三衣を着た厨子王がついて行く。 二人は真昼に街道を歩いて、夜は所々の寺に泊った。山城の朱雀野に来て、律師は権現堂に休んで、厨子王に別れた。「守本尊を大切にして往け。父母の消息はきっと知れる」と言い聞かせて、律師・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ いつかはまた、ちょっとした子供によくある熱に浮されて苦しみながら、ひるの中は頻りに寐反りを打って、シクシク泣ていたのが、夜に入ってから少しウツウツしたと思って、フト眼を覚すと、僕の枕元近く奥さまが来ていらっしゃって、折ふし霜月の雨のビ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫