・・・はてな。それではそのお話がわたくしの身の上に関係した事なのですか。貴夫人 大いに関係していますの。男。どうもちっとも思い当る事がありませんね。貴夫人。それは思い出させてお上げ申しますわ。ですけれど内証のお話でございま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ お留は安次に渡した一円の紙幣が庭に落ちているのを見ると、走って行って渡そうかと思ったが、しかしそれでは却って追い出すようでいけないし、「まア好えわア。」と彼女は呟いた。 それより此の次もう一円増してやる方が、息子の無情な仕打ち・・・ 横光利一 「南北」
・・・もう二、三日すれば、お盆のために蓮の花をどんどん切って大阪と京都とへ送り出すので、その前の今がちょうど見ごろだというわけであった。それでは落合太郎君もさそおうではないかと言って、そのころ真如堂の北にいた落合君のところを十時ごろに訪ねた。そう・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫