・・・かように存じているうち、今日御位牌に御焼香いたす場合になり、とっさの間、感慨胸に迫り、いっそのこと武士を棄てようと決心いたした。お場所柄を顧みざるお咎めは甘んじて受ける。乱心などはいたさぬというのである。 権兵衛の答を光尚は聞いて、不快・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころはわたくしむやみにあなたを思っていたでしょう。そこで馬鹿らしいお話ですが、何度となく床から起きて、鏡の前へ自分の顔を見にいったのですね。わたくしも自分がかな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・妹は世の中のことを少しも存じません。わたくしも少しも存じません。それで二人は互に心が分かっているのでございます。どうか致して、珍らしく日が明るく差しますと、わたくし共二人は並んで窓から外を覗いて見ます。なんでも世の中の大きいもの、声高なもの・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫