・・・そしてそれが、自分を女という古い掟で縛りつけ圧服してしまおうとする凡ゆる古い力に対抗し得るたった一つの道だと思った」女としての感情がここへ来るにはアサが単にお下髪の使い屋から苦労してたたき込んだ腕をもっているというだけが理由ではない生活感情・・・ 宮本百合子 「徳永直の「はたらく人々」」
・・・日向に出ると穏やかに暖かで、白い砂利路の左に色づいたメイプルの葉が、ぱっとした褪紅色に燃えていた。空気は極軽く清らかで威厳に満ちているので、品のよい華やかな色が、眩惑と哀愁を与えた。 黒い帽子の婦人が、黒い犬をつれ、通りすぎた。――・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・ 机が大変よごれたので水色のラシャ紙をきって用うところだけにしき、硯ばこを妹にふみつぶされたから退紅色のところに紫や黄で七草の出て居る千代がみをほそながくきって図学(紙をはりつけて下に敷いた。 水色のところにうき出したように見えてき・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・番頭は早口に遠慮なく出させる私を、変な顔をして見た。褪紅色の地に大きな乱菊を出したのと、鶯茶の様な色へ暖い色の細かい模様を入れたのを買うと、あっちの隅でお繁婆さんは、出来上って居る瓦斯の袢天の袖を引っぱって居たので、せかせまいと女中の見て居・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・一葉は明治の初め、自然主義が起ろうとする頃、それに対抗して活溌な文芸批評などを行っていた森鴎外を先頭とし、若い島崎藤村その他によって紹介されたヨーロッパのロマンティシズムの影響をうけながら、一葉自身がもっていた日本風の昔気質のような気分――・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・指導方針によって放送審議会がこの大綱を定め、中継番組は放送編成会が働き、ローカル番組は各地の放送局長が具体化するという仕組みになっているのである。 こういう手順で我々の聴くラジオは目下一日平均一四時〇九分間放送されているのである。プログ・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・徳川将軍は名君の誉れの高い三代目の家光で、島原一揆のとき賊将天草四郎時貞を討ち取って大功を立てた忠利の身の上を気づかい、三月二十日には松平伊豆守、阿部豊後守、阿部対馬守の連名の沙汰書を作らせ、針医以策というものを、京都から下向させる。続いて・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・職工の多数の意志に対抗する工場主の一人の意志がなくてはならない。工場主は自分の意志で機関を運転させて行くのである。 社会問題にいくら高尚な理論があっても、いくら緻密な研究があっても、己は己の意志で遣る。職工にどれだけのものを与えるかは、・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・ わがザックセン軍団につけられて、秋の演習にゆきし折り、ラアゲウィッツ村のほとりにて、対抗はすでに果てて仮設敵を攻むべき日とはなりぬ。小高き丘の上に、まばらに兵を、ザックセン、マイニンゲンのよつぎの君夫婦、ワイマル、ショオンベルヒの両公・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・ナポレオンの爪は彼の強烈な意志のままに暴力を振って対抗した。しかし、田虫には意志がなかった。ナポレオンの爪に猛烈な征服慾があればあるほど、田虫の戦闘力は紫色を呈して強まった。全世界を震撼させたナポレオンの一個の意志は、全力を挙げて、一枚の紙・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫