・・・ここで私のいう労働者とは、社会問題の最も重要な位置を占むべき労働問題の対象たる第四階級と称せられる人々をいうのだ。第四階級のうち特に都会に生活している人々をいうのだ。 もし私の考えるところが間違っていなかったら、私が前述した意味の労働者・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ 北海道といってもそういうことを考える時、主に私の心の対象となるのは住み慣れた札幌とその附近だ。長い冬の有る処は変化に乏しくてつまらないと人は一概にいうけれども、それは決してそうではない。変化は却ってその方に多い。雪に埋もれる六ヶ月は成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ ――いかになるべき人たちぞ…大正九年十月 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・…… 大正…年…月の中旬、大雨の日の午の時頃から、その大川に洪水した。――水が軟に綺麗で、流が優しく、瀬も荒れないというので、――昔の人の心であろう――名の上へ女をつけて呼んだ川には、不思議である。 明治七年七月七日、大雨の降続・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・角の九つある、竜が、頭を兜に、尾を草摺に敷いて、敵に向う大将軍を飾ったように。……けれども、虹には目がないから、私の姿が見つからないので、頭を水に浸して、うなだれ悄れている。どれ、目を遣ろう――と仰有いますと、右の中指に嵌めておいで遊ばした・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ この岡惚れの対象となって、江戸育ちだというから、海津か卵であろう、築地辺の川端で迷惑をするのがお誓さんで――実は梅水という牛屋の女中さん。……御新規お一人様、なまで御酒……待った、待った。そ、そんなのじゃ決してない。第一、お客に、むら・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・屋根の下の観光は、瑞巌寺の大将、しかも眇に睨まれたくらいのもので、何のために奥州へ出向いたのか分らない。日も、懐中も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋を出で立つと、途中から、からりとした上天気。 奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・得るのであろう加うるに信仰の力と習慣の力と之を助けて居るから、益々人を養成するの機関となるのである、欧風の晩食と日本の茶の湯と、全然同じでないは云うまでもないが、頗る類似の点が多いと聞いて、仮りに対照して云うたまでなれど、彼の特美は家庭・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・限りなき嬉しさの胸に溢れると等しく、過去の悲惨と烈しき対照を起こし、悲喜の感情相混交して激越をきわむれば、だれでも泣くよりほかはなかろう。 相思の情を遂げたとか恋の満足を得たとかいう意味の恋はそもそも恋の浅薄なるものである。恋の悲しみを・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・それも、大将とか、大佐とかいうものなら、立派な金鵄勲章をひけらかして、威張って澄ましてもおられよけど、ただの岡見伍長ではないか? こないな意気地なしになって、世の中に生きながらえとるくらいなら、いッそ、あの時、六カ月間も生死不明にしられた仲・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
出典:青空文庫