・・・浜口雄幸がどうしたとか、若槻が何だとか、田中は陸軍大将で、おおかた元帥になろうとしていたところをやめて政治家になったとか、自分たちにとっては、実に、富士山よりも高く雲の上の上にそびえていて、浜口がどうしようが、こうしようが、三文の損得にもな・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・「皆な揃うて大将のとこへ押しかけてやろうぜ。こんな不意打を食わせるなんて、どこにあるもんか!」 彼等は、腹癒せに戸棚に下駄を投げつけたり、障子の桟を武骨な手でへし折ったりした。この秋から、初めて、十六で働きにやって来た、京吉という若者は・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 大正十三年か十四年頃であったと思う。吉江喬松、中村星湖、加藤武雄、犬田卯等がそれまでの都市文学に反抗していわゆる農民文学を標ぼうした農民文学会をおこした。月々例会を持った。会員は恐らく二三十人もいたであろう。しかし、そこから農民を扱っ・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・そして、広く行き渡ったにもかゝわらず、いまだ文学的批判の対象として取り上げられなかったらしいのは、従来の文学批評家の文人気質によるというよりは、愛国的熱情があまって真実を追求しようとする意力の欠如が、文学としての価値を低めているがためだろう・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・「大将、風邪でも引かしッたか。 両手で頬杖しながら匍匐臥にまだ臥たる主人、懶惰にも眼ばかり動かして一眼見しが、身体はなお毫も動かさず、「日瓢さんか、ナニ風邪じゃあねえ、フテ寝というのよ。まあ上るがいい。とは云いたれど上りても・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「集まったか?」大将がきいた。「全部だなあ?」そう棒頭が皆に言うと、「全部です」と、大将に答えた。「よオし、初めるぞ。さあ皆んな見てろ、どんなことになるか!」 親分は浴衣の裾をまくり上げると源吉を蹴った。「立て!」 ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・ 三日には東京府、神奈川、静岡、千葉、埼玉県に戒厳令が布かれ、福田大将が司令官に任命されて、以上の地方を軍隊で警備しはじめました。そのため、東京市中や市外の要所々々にも歩哨が立ち、暴徒しゅう来等の流言にびくびくしていた人たちもすっかり安・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
一 大正十二年のおそろしい関東大地震の震源地は相模なだの大島の北上の海底で、そこのところが横巾最長三海里、たて十五海里の間、深さ二十ひろから百ひろまで、どかりと落ちこんだのがもとでした。 そのために・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 私は、危く噴き出しそうになった。大正十四年、私が中学校三年の時、照宮さまがお生まれになった。そのころは、私も学校の成績が悪くなかったので、この兄の一ばんのお気に入りであった。父に早く死なれたので、兄と私の関係は、父子のようなものであっ・・・ 太宰治 「一燈」
・・・すなわち、「アフリカに於ける羅馬軍の大将アッチリウス・レグルスは、カルタゴ人に打ち勝って光栄の真中にあったのに、本国に書を送って、全体で僅か七アルペントばかりにしかならぬ自分の地処の管理を頼んでおいた小作人が、農具を奪って遁走したこ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
出典:青空文庫