・・・元来其頃は非常に何かが厳重で、何でも復習を了らないうちは一寸も遊ばせないという家の掟でしたから、毎日々々朝暗いうちに起きて、蝋燭を小さな本箱兼見台といったような箱の上に立てて、大声を揚げて復読をして仕舞いました。そうすれば先生のところから帰・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・随分大勢習いに来るものもありました。男女とも一室で、何でも年の大きい女の傍に小さい男の児が坐るというような体になって居たので、自然小さいものは其傍に居る娘さん達の世話になったのです。私はお蝶さんという方を大層好いて居て、其方をたよりにばかり・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ その時、看守が大声で怒鳴った。 見付けられたな、と思った。俺はギョッとした。見付けられたとすれば、俺だけではない、これから入ってくる何百という人たちの、こッそり蔵いこんでいた楽しみが奪われてしまうんだ。窓でも閉められてみろ、此処は・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ その時、次郎は子供らしい大声を揚げて泣き出してしまった。 私は家の内を見回した。ちょうど町では米騒動以来の不思議な沈黙がしばらくあたりを支配したあとであった。市内電車従業員の罷業のうわさも伝わって来るころだ。植木坂の上を通る電車も・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と、だれだか大声でよびとめるものがありました。ふりむいて見ますと、少しはなれたところに、まっ白な髪をした品のいいおじいさんが、二人の若い女の人をつれて立っています。ギンはこわごわそばへいきました。よくみると、その女の一人はたった今水の中へ消・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩艶絶。これを一読するに、温乎として春風のごとく、これを再読するに、凜乎として秋霜のごとし。ここにおいて、余初めて君また文壇の人たるを知る。 今この夏、ま・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・弟妹たちを呼び集めて、そのところを指摘し、大声叱咤、説明に努力したが、徒労であった。弟妹たちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向に興奮の色を示さぬ。いったいに、弟妹たちは、この兄を甘く見ている。なめている風がある。長・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・夏置いて貰って、小説を一篇書こう、そう思って居たのでありましたが、心ならずも三人の友人を招待してしまったので、私は、とにかく三島迄の切符を四枚買い、自信あり気に友人達を汽車に乗せたものの、さてこんなに大勢で佐吉さんの小さい酒店に御厄介になっ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・私は、それについても、地平はだめだ、芸術家は、いつでも堂々としていたい、鼠のように逃げぐち計りを捜しているのでは、将来の大成がむずかしい、僕もそのうち、支那服を着てみるつもりである、など、ああ、そのころは、お互いが、まだまだ仕合せであったの・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ロマンチシズム、新体制、そんな事を戸石君は無邪気に質問したのではなかったかしら。その夜は、おもに私と戸石君と二人で話し合ったような形になって、三田君は傍で、微笑んで聞いていたが、時々かすかに首肯き、その首肯き方が、私の話のたいへん大事な箇所・・・ 太宰治 「散華」
出典:青空文庫